おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
「おはよう、ちぃ」
「おはよう、香月くん」
迎えにやってきた香月と朝の挨拶を交わすと、千春はローヒールのパンプスを履き、家の中にいる母へ向けて声を張り上げた。
「行ってきまーす」
門扉を開け、敷地の外に飛び出した二人は肩を並べて道路を歩いた。車道側は決まって香月が立ってくれる。交通量もそれほど多くない住宅街の中だというのに律儀なことだ。
二人の目的地は同じだった。千春と香月は家も隣り同士なら、職場も同じだ。実家暮らしの二人は毎朝毎夕出退勤を共にしている。
歩き出して五分ほどで『柳原こどもクリニック』の緑色の看板が見えてくる。
『柳原こどもクリニック』は香月の父、洋介が院長を務めるこどもクリニックだ。香月は一年前から小児科医として、千春は二年前から受付兼事務員としてこのクリニックで働いている。
「あ、そうだ」
クリニックの正面入口まであと数メートルという所で、香月が何かを思い出したように立ち止まる。
「悪いけど昼休みの間に婚姻届を取りに行ってくれるか?今日は乳児検診の予約が三件入っていて抜けられそうにないんだ」
「う、うん……。わかった」
千春は肩に掛けたトートバッグの持ち手を握りながら神妙な面持ちで頷いた。
(香月くん、本当に結婚するつもりなんだ……)
心のどこかで結婚は冗談だと言ってもらえるものと期待していた。勝手に名前と住所を使ったことに対する軽いお仕置きだと。冗談だというなら喜んで受け入れるのに。
どうやら香月は婚姻届を提出するまでは本当にブロマイドを渡す気はなさそうだった。