おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜

「ちぃ、起きてるか?」

 千春は香月からの問いかけを意図的に無視した。本当は寝ていなかったけれど、今はそっとしておいて欲しかった。

「ちぃ……?」

 呼びかけはなお続けられたが、千春は一切反応しなかった。寝た振りをしていればそのうち諦めるだろうと高を括っていた。
 ところが、香月は千春が予想もしなかった驚くべき行動に打って出た。

 シュルリとシーツが擦れる音がしたかと思うと、千春が横たわっているマットレスが香月の重みで小さく後方に傾いた。
 香月はベッドに腰掛け、千春の寝顔をつぶさに見物しているようだった。
 
(ど、どうしたんだろう……?)

 千春は狸寝入りがバレやしないか内心ヒヤヒヤしていた。
 香月の次の行動を固唾を飲んで待っていると、おもむろに頬が撫でられた。長い指が滑るように何度も往復する。

(我慢、我慢……)

 千春はくすぐったいのを一生懸命我慢した。
 ようやく頬への悪戯が終わったかと思うと、今度は髪が持ち上げられた。軽く引っ張られたり、掻き上げられたりと手が忙しなく動かされる。

「三つ編みって結構難しいのな……。簡単そうに見えるのに」

 香月はぶつぶつ呟きながら、何度も千春の髪をわしゃわしゃとかき撫でた。

(……三つ編み!?)

 千春が寝ていると思って好き放題やり過ぎだと文句のひとつも言いたくなってくる。

 お願いだからそのへんで勘弁して欲しい。千春の癖毛は毎朝寝癖を直すのにひと苦労なのだ。中途半端に絡まった状態で朝を迎えたら酷いことになってしまう。

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