おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
千春の切実な願いが通じたのか、香月は三つ編みを諦めたようで、髪が元通りにほぐされていく。
要領が良くなんでも人並み以上にこなすことのできる香月だが、やり慣れていないヘアアレンジは難しかったようだ。
(いやいや、ひとが寝ている間になにしてくれちゃってんの?)
香月の大人気ない悪戯の数々に、千春の頭の中は怒り半分、呆れ半分で占められた。寝ている人で遊ぶなんてダメ、絶対!
目に余る行為が続くようなら、寝たふりをやめ、起きたふりをしようと心に決めたその時、香月の口から思いもよらぬ言葉が紡がれた。
「ありがとう。俺と結婚してくれて」
香月は千春の頭を優しく撫で、耳たぶにキスを落とすと、自分のベッドに戻っていった。
部屋の中に再び静寂が訪れる。
耳たぶが燃えるように熱かった。頭がクラクラする。
(なんで……お礼なんか……)
お礼を言われる道理などなかった。この結婚に香月のメリットはほとんどないからだ。
千春は行き場のない思いを抱え、眠れぬ夜を過ごす羽目になったのだった。