おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜

「おはよう、ちぃ」
「おはよう、香月くん」

 朝の挨拶を交わした二人は、昨夜のことなど互いにおくびにも出さなかった。
 二人はバイキング形式の和朝食を食べ終えると早々に、旅館をチェックアウトした。

 使わなかった真新しい下着を入れたボストンバッグをトランクルームに積み込み助手席に座る。
 
「道の駅に寄ってお土産買ったら即帰る、でいいんだっけ?」
「うん。ゴルステ見たいし」
「録画もしてるんだろ?」
「リアタイしたいの!今日の『コガネヅカで逢いまショー』はゲストが一条颯様なんだもん!」

 『コガネヅカで逢いまショー』はゴルステで放送されているバラエティ番組だ。コガネジェンヌのプライベートに密着する番組で、推しの情報を知ることができる貴重な番組だ。
 
「道の駅に寄っても昼過ぎには帰れそうだな」

 道の駅は国道沿いの山の上にあった。高低差のある険しい坂道を登りきると、突如として小さな建物が現れた。
 見晴らしが良く、空が近い。照りつける太陽が眩しかった。

「クリニックと、香月くん家と、うちの三つでいいよね?」
「そうだな」

 土産物売り場を物色した二人はクッキーの詰め合わせ二つと、ふわふわのお煎餅をひとセット購入した。
 レジ袋を持って道の駅を出ると、風が吹き始めていた。海が近いのか潮の匂いが鼻を掠める。
 匂いの元を辿るように、眼下の景色に目を凝らすと、遠くにキラキラと揺蕩う水面が見えた。

「海か……。少し寄ってくか?」
「うん!」

 願望を汲み取った香月の提案に、千春は二つ返事で頷いたのだった。

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