おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
「わあっ!海だ!」
「夏は海水浴客でいっぱいだろうけど、流石に空いてるな」
千春は砂浜に降り立つとスニーカーと靴下を脱ぎ、ミモレ丈のフレアスカートをまくって右手で持ちあげた。
夏の名残を少しだけ味わいたくて、波打ち際を駆けていき海水に足を浸す。浸した瞬間、背筋にゾゾゾと悪寒が走った。
「あははっ!ちょっと冷たい!」
「ちぃ!あんまり奥まで行くなよ!」
「わかってる!」
波が引いていくとサラサラと砂が海へと流れていく。絶え間なく押しては引いてを繰り返す波は心臓の鼓動のようだった。カンカンと照りつける太陽のおかげで、気温も上昇している。泳げないのがもったいないくらいだ。
「わっ、水が!」
遊んでいた千春の元へ一際大きい波が押し寄せ、足首の上にまで海水が迫ってくる。慌てて後ろに下がろうとした拍子に、身体が傾いだ。
「ちぃ!」
危険を察知した香月に腰を引き寄せられたおかげで、千春はすんでのところで転ばずに済んだ。
「大丈夫か?」
「あ、うん。平気……」
香月が助けてくれなかったら全身びしょ濡れになるところだった。
思いの外強い力で引き寄せられたことにドギマギしてしまう。自分とは身体の構造が違う男性なんだと改めて意識する。
「濡れなくてよかった。風邪でも引いたら大変だからな」
「香月くんって過保護だよね?」
「そうか?」
「私ってそんなに危なっかしく見えるかなあ?」
千春は今年で二十七歳になる。昔のようにただ香月に縋りついていた子供ではない。これでも世の中の吸いも甘いもそれなりに経験したつもりだ。