おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜


 香月と千春がお隣さんになったのは今から二十六年前、千春が生まれる前の話になる。

 妊婦検診で胎児に心疾患があると分かった両親は話し合った結果、日本で有数の手術件数を誇る聖蘭医科大学付属病院の近くに一軒家を購入した。

 大手ハウスメーカーが分譲した建売の一軒家。五軒並んだ端から二軒目。隣家に先に入居していたのが、柳原一家だった。

 香月の父が大学病院に勤める小児科医だと知ったのは引っ越してからひと月後、千春の主治医として顔を合わせた時のことだったらしい。

 千春と香月の交流が始まったのは、千春の手術が無事に終わってから数年後のことだった。

「おかえり、香月くん!」
「こら、ちぃ!走るなっていつも言われているだろ!?」

 ひとりっ子の千春にとって香月は兄のような存在だった。

 ずる賢いことに千春は六歳年下の病弱な子供を邪険に扱う訳にもいかないという香月の心理をついた。

 暇があると香月の後をついてまわり、小学校から帰って来るのを待ち伏せしたり、休日も勝手にお宅にお邪魔したりと我儘放題に振る舞った。

 年頃の男児であれば幼馴染の幼稚園児に周りをウロチョロされたら鬱陶しいことこの上なかっただろうに。千春は香月の心の広さと優しさに存分に甘えていた。

 流石に成長するにつれて千春も徐々に分別がついてきて、身勝手な行いは自重するようになった。しかし、その頃にはもう手遅れで、香月は千春の世話をするのが当たり前のようになっていた。

 それは、幸福な幼少期が終わり、制服を着る学生になってからも続いたのだった。

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