おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
千春は助手席から、香月の横顔を盗み見た。
千春と入れ違いで制服を脱ぐことになった香月は随分と大人になったように感じた。今も凛とした表情でフロントガラスの向こう側を見据えている。
焦茶色の瞳、滑らかな輪郭、骨ばった指。そのひとつひとつから目が離せない。
太陽の熱を一心に集めるアスファルトよりも頬が熱くなっていく。
恋心の芽生えは小学校高学年の頃だったと思う。
それまで当たり前のように抱きついたり手を握ってきたのに、急に恥ずかしくてできなくなった。香月が”兄”ではなく”年上の異性”だと、遅ればせながら気がついたのだ。
それからは坂道を転げ落ちるかのように、急速に恋心を自覚した。しかし、千春は未だに香月に対して恋心を伝えるアクションを取っていない。
(今はもう素直に喜べないな……)
香月から『特別』扱いされ続けてきた千春の心中は複雑だった。
香月はこれまでどれほど多くの時間を千春に費やしてきたのだろう。今日だって決して楽ではない授業と実習の合間を縫うようにして、千春を迎えにやって来た。
そんな香月に苛立ちを覚えるようになったのは一体いつからだ。
……それもこれも千春の心臓が『特別』なせいだ。