おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜

 『特別』なんていらないと思う一方で、『特別』でなければ香月に見向きもされないという事実に打ちのめされる。
 どれだけ願っても『普通』の身体にはなれないように、千春もまた『特別』からは脱却できそうにない。
 多くのものを望むのは間違っているのだろうか。
 千春が欲しいのはありふれた『普通』なのに。例えば香月の歴代の彼女と同じような……。
 
「どうした?」
「ううん、何でもない……」

 急に黙りこくった千春を心配したのか、信号待ちの最中に香月に顔を覗き込まれた。
 
 ……大丈夫、最初からわかっている。勘違いなんかしない。

 香月は千春のことなんて、『特別』な配慮が必要な幼馴染としか思っていない。だから高望みはしない。
 『普通』を望んでこの関係が壊れるくらいならこのままでいい。香月が望む限り、いつまでも『特別』でいてあげる。

 その代わり、「好き」とは告げないと自分を戒めた。

 香月の優しさを勘違いして、心を揺らさないよう恋心を固く封印する。
 もし仮に香月に好きだと伝えたとして、困ったように謝られてしまうのも、千春が傷つかないように嘘をつかれるのも……耐えられそうにない。



 香月と結婚しても千春は……あの日の誓いをまだ忘れてはいなかった。


< 90 / 171 >

この作品をシェア

pagetop