おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
『特別』なんていらないと思う一方で、『特別』でなければ香月に見向きもされないという事実に打ちのめされる。
どれだけ願っても『普通』の身体にはなれないように、千春もまた『特別』からは脱却できそうにない。
多くのものを望むのは間違っているのだろうか。
千春が欲しいのはありふれた『普通』なのに。例えば香月の歴代の彼女と同じような……。
「どうした?」
「ううん、何でもない……」
急に黙りこくった千春を心配したのか、信号待ちの最中に香月に顔を覗き込まれた。
……大丈夫、最初からわかっている。勘違いなんかしない。
香月は千春のことなんて、『特別』な配慮が必要な幼馴染としか思っていない。だから高望みはしない。
『普通』を望んでこの関係が壊れるくらいならこのままでいい。香月が望む限り、いつまでも『特別』でいてあげる。
その代わり、「好き」とは告げないと自分を戒めた。
香月の優しさを勘違いして、心を揺らさないよう恋心を固く封印する。
もし仮に香月に好きだと伝えたとして、困ったように謝られてしまうのも、千春が傷つかないように嘘をつかれるのも……耐えられそうにない。
香月と結婚しても千春は……あの日の誓いをまだ忘れてはいなかった。