おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜
「あ、あの……珠江おばさん。いくらなんでも一軒家をぽんっと渡されても困りますよ!」
「あら!遠慮しなくてもいいのよ、千春ちゃん!家具とか壁紙とか好きに変えてもらって全然構わないから。いっそのこと全面リフォームしてもいいくらい。あ、ゴルステも契約しているから引っ越してもすぐ見られるわよ」
「でも……」
「実はね、引っ越しはお父さんの提案なの」
洋介の提案だと聞かされ、千春は目を瞬かせた。洋介は場の空気を整えるように、コホンと咳払いをした。
「キチンとした住まいを用意できないのは香月、お前の怠慢だぞ。夫婦のあり方にケチをつけるつもりはないが、結婚した以上これからは二人でやっていくという覚悟を決めなさい」
洋介は厳しい口調で香月を嗜めたのだった。
「洋介先生っ!それは……っ!」
住居の件が後回しになっていたのは決して香月だけの責任ではない。実家暮らしの居心地の良さに胡座をかいていた千春も同罪だった。
「ちぃ、いいよ」
反論しようとする千春を香月は黙って制した。
「ご指摘はごもっともです。すみませんでした」
香月は粛々と洋介に頭を下げた。
「わかればいい」
普段は家庭の中では珠江に押され主張が少ない洋介にこう言われてしまっては、嫌だと主張することは憚られた。ましてや香月の不手際だと叱責されては、立つ瀬がない。
その場で引っ越しの日程と段取りが決められていき、千春は口を噤むことしかできなかった。