おとなり契約結婚〜幼馴染の小児科医が推しを盾に結婚を迫ってくる件〜

 千春はリビングに戻ると、換気のために庭へと続く窓を開けた。空を見上げれば、うろこ雲がどこまでも続いていた。リビングに吹きこむ風は暑すぎず寒すぎず、厳しかった残暑がようやく終わり、やっと過ごしやすい季節がやってきた。

 香月と結婚して早半年。結婚した当初は春だったのに、もう季節をふたつもまたぎ、秋になってしまった。

 新婚旅行のあの夜以来、千春の中で何かが変わった。

 唇をそっと指でなぞる。海辺で交わしたキスを思い出すだけで動悸がした。

(どうして香月くんは寝ている私にお礼を言ったんだろう……)

 どちらかといえばお礼を言わなければならないのは千春の方だ。香月に一生面倒を見てもらうつもりなんてさらさらなかったのに、結局はまた世話を焼かれている。

 香月に甘やかされるたびに胸がズキンと痛くなるのに、その一方で仄暗い喜びで身体が満たされる。

 ちぐはぐなふたつの気持ちが天秤にのり、常にぐらぐらと傾いていた。
 いっそのこと、離れてしまえれば楽になれるだろうか。
 しかし、結婚という法的関係は二人が離れ離れになることを許さない。

(安易に結婚なんてするんじゃなかったな……)

 ブロマイドで釣り上げられ、香月の口車に乗せられたのが千春の運のツキだった。

 結婚しても平気だと思っていた。これまでと同じ幼馴染の関係のまま一緒にいられると本気で思っていた。
 ……香月からあんな風にキスをされるまでは。
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