先生の一途な愛情
「なんで黙ってんのよ」
目の前で眉間に皺を寄せて罵ってるのは、好きだった人の奥さんだそうだ。付き合ってもないし、略奪愛にも興味はない。奥さんの横に座る好きだった人は、気まずそうにコーヒーをちびちびと口に運んでいる。
「何度も言ってますけど、私が片思いしてたのは事実ですが。明月さんとは付き合ってもいません。奥様がいらっしゃるのも知りませんでした」
たまたま私が送ったメッセージを奥さんに見られて勘違いされた結果がこれ。思ったよりも勢いよく掛けられた水がぼたぼたと額から垂れ落ちて、服まで体に張り付き気持ち悪い。
「嘘がお上手なようで?」
「どうすればいいんですか。というか、明月さんにも聞ました?」
「この人は確かにイケメンだけど、既婚者なの、わかる? 人の夫に手を出さないで」
きゃんきゃんっと吠えたてる声に、ため息が出そうになる。何度も繰り返す説明を何一つ聞いてない、この人。
何て返せば納得するのか、もうわからなくなってきた。片想いしてたのは事実。既婚者だと知らなかったのも事実。それに、全く関係を持っていないのも事実。まぁ、こうなる前は一歩手前くらいだったけど。
困りきって頭を抱えた私を助けてくれたのは、聞き覚えのない低い声だった。
「大丈夫? どうして、濡れてるの?」
「誰よ、あんた」
「この人の彼氏です」
「はぁ? 彼氏いる癖に、うちの夫と不倫しようとしてたわけ?」
「だからですね、してないんです。確かに良いなとは思ってましたけどデートも何もしてないですし、フリーだと思ってました。本当に一回居酒屋の飲み会でお会いして、やりとりしてただけなんです」
後ろから声を掛けてくれた人が彼氏ではないことは置いておいてだけど。
「こっちは、泊まりでデートしてる証拠もあるの。彼氏さんも聞いていったら? こんな女と付き合って、残念だったわね」
嬉々として突き出してきたホテルの領収書は、私が全く知らないもので。ってことは、この男いろんな女の子に粉かけて遊んでたな。
大変なのに巻き込まれた。日付を見て、アリバイを証明できるものを脳みそフル回転で探す。