眠れる森の王子は人魚姫に恋をした
「あら、文ちゃんがスカート履いてるなんて珍しい!もしかしてデート?」

仕事が終わり、更衣室で着替えていると橋田さんがうきうきしながら声を掛けてきた。

昨日、無理やり副社長に食事の約束をさせられたので、とりあえず失礼の無いように私なりにおしゃれをしてきていた。
仕事ではユニフォームとエプロンがあるので、普段はジーンズにスニーカーでいるのに今日はスカートにパンプスを合わせている。
橋田さんが気になるのも無理はなかった。

「ちょっと、食事に行くだけなんですが…。やり過ぎでしょうか…。」

「そんなことない!とっても可愛いわよ!」

「ありがとうございます。」

社交辞令だと分かっていても褒められ慣れていないのでどこか照れくさい。だけど少し自信がついて背筋が伸びる。

 社員食堂の入り口で待ってろって言われたけれど…。ここでいいのかな。

社員食堂のスタッフは就業時間を超えているので食堂の入り口には鍵が帰られ、ドアのガラス窓から見える食堂内は電気が消されて真っ暗だった。活気のない食堂はなんとなく寂しくに感じた。

ドアの正面にはエレベーターホールがあり、食堂のあるフロアのみ広めに作られていた。そして、休憩用のソファがいくつか置かれているので、その一つに座って待つことにした。

「長月。」

声のする方を見上げると西田くんが立っていた。エレベーターの扉は閉まったままなので、おそらく階段を使ってやって来たのだろう。

 はぁ……。ほんと嫌だ。

あからさまに嫌な顔をしてやったのだが、彼は何も聞かずに私の隣に座って勝手に話を始めた。

「…長月。学生時代は本当に悪いことをしたと思っている。」

「何よ、今さら…。悪いと思うなら顔を見せないで欲しいわ。」

「卒業したあと謝りたくて施設に行ったんだけど、お前出て行ったあとで…。引っ越し先を聞いたんだけど教えてもらえなかった。」

「高校卒業したら施設を出るのは当たり前の事よ。それに個人情報だもの、引っ越し先を施設側が教えるわけないじゃない。」

「……そうだよな。」

少し強い口調で答えると西田くんは黙り込んでしまった。
だけれども何かまだ言いたいことがあるようで、隣に座ったままでいる。

「なぁ、俺たちの関係、最初からやり直さないか?」

「はっ?何言ってるの?やり直すどころか、今後一切あなたとは関わりたくないと思ってるの。西田くんのせいでクラスでハブられてたんだよ!」

「……本当に悪かった。」

座ったままだが、体をこちらに向けて深く頭を下げている。そのままの姿勢で語り続ける。

「……実は当時、俺はお前の事が好きだったんだ。友達がお前のことを可愛いって話をしてたから、取られるのが嫌でお前の印象が悪くなることを言った。それがどんどんエスカレートしてしまって…。こんなんじゃ嫌われるって分かってたんだけど、自分で言い始めたことだったから止めるに止められなくて…。」

 やりたくてやっていたんじゃないから許せってこと?

 そもそも、言い出したのは自分だって認めてるじゃない!

突然、そんなことを言われても嫌がらせをされていた学生時代が変わるかけでもなく、傷ついた私の心が癒えることもない。この謝罪だって西田くんのただの自己満足にしか過ぎないのだ。

「この会社で長月に会えたのは運命だと思っている。だから、過去の事をリセットするために何でもするよ。…そして、今すぐでなくていいから何れ俺のことを好きになってもらえたらいいなって思う。俺にチャンスをくれないか!?」

西田くんは顔を上げると私の手つかんで握りしめると思いつめたような切ない表情で見つめてきた。
こんな表情の西田くんを見たことがなかった。

「……。」

答えはノーと決まっているのに、ここまで切実に訴えられるとすぐに返事をすることができなかった。

『ポーーーン』

エレベータの到着音と共に扉が開くとダークグレーのスーツを着た男性が降りてきて私たちの目の前に立った。

(あや)、待たせてすまない。ところで、彼は誰だ?」

目の前にエレベーターから降りてきたのは副社長だった。『(あや)』と下の名前で呼ばれたことには驚いたが、ここで待ち合わせをしている以上、副社長がここに来たことに何の疑問もないが、西田くんにとっては違っていたようだ。

「……ふ、副社長。」

突然の副社長の登場に驚き、目を丸く見開き、私の手を握りしめたまま固まってしまっていた。

「すまないが、彼女の手を放してやってくれないか? 自分以外の男に手を握られている(あや)の姿は正直見ていたくない。」

西田くんは副社長の言葉に慌てて手を離すと直立し『お疲れさまです!』と挨拶をした。

「彼は西田 誠(にしだ まこと)さんと言って高校の同級生です。先日、偶然に社員食堂で会いました。」

『彼は誰だ?』と聞かれたので正直に答えた。

「高校の同級生ねぇ……。まぁ、いい。行くぞ。」

品定めするように西田くんを見ていたが、私の手を取って扉が開けっぱなしになっているエレベータに乗った。
中には黒田さんが『開く』ボタンを押しながら待機しており、扉から安全な距離に来るとエレベーターの扉は閉められた。

「…俺に嫉妬させる作戦か?」

「えっ?すみません、もう一度お願いします。」

副社長が呟いた声が小さく聞こえないので聞き返す。

「いや…。何でもない、気にするな。」
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