眠れる森の王子は人魚姫に恋をした
高級ホテルの絨毯は副社長室と同様に歩くたびにヒールが少し沈み込む。
最上階のレストランに到着すると黒田さんがいないことに気づく。
「あれ?黒田さんは?」
まだ、駐車場にいるのかなぁ?
「デートは二人でするものだろ?ここからは俺と文の二人の時間だ。」
そんな…。てっきり黒田さんも一緒なのだと…。
ウェイターに案内されたのは夜景がきれいに見える個室だった。
きっちり揃えられたシルバーのカトラリーと白いテーブルクロスの中央に飾られた花と蝋燭はここが高級レストランだと印象付けたが、間接照明の光が部屋を柔らかい雰囲気へと変えていた。
ウェイターが私の椅子を引こうとしたがそれを止めさせると副社長自身で椅子を引いて座らせてくれた。その所作は美しくとても紳士的だった。
緊張しているのに気付いたのか、『俺以外誰もいないからリラックスして』と微笑んでくれた。
オードブルとして運ばれてきたお料理はお野菜の彩りやキラキラとソースが輝いていてデザートのように可愛らしくて感動した。
「美味しそう…。」
「お酒は飲める?」
ワインリストを眺めながら聞いてきた。
「ええ、少しなら。」
副社長がウェイターと少し会話をすると白ワインが用意されていたワイングラスに注がれる。
「文がいう環境が違うってなんだ?」
「…それは、先ほども少しお話しましたが、私には両親がいません。施設で育ちましたし、こんな高級レストランへは初めて来ました。すべてにおいて価値観が違い過ぎてます。」
「それだけか?」
「それだけって…。価値観って大切なことだと思いますが?」
「そんなに価値観が大事なら俺が文に合わせる。これで問題は無くなったな。」
「そんなこと言ったって、いつか我慢の限界がきますよ。別れる相手と分かっていて付き合いたくないんです。…逆にお伺いしますが、副社長はなぜ私にこだわるんですか?」
ワインを一口含んだ後、真面目な顔で答えた。
「あの雪の日から文の事が頭から離れない。声や匂いや触れた感触など全てだ。これを一目惚れって言うんじゃないかな…。その後、酔って眠っていた俺を自宅マンションまで送ってくれただろ?2度も文に助けられたんだ。これぞ運命だって思えた。」
「運命……。」
彼の口から運命だなんて言葉が出てくるのはなんだか意外だった。
「文は運命の出会いを信じない人?」
「そんな素敵な事があれば良いなとは思いますが…。」
「文にもそう思ってもらえたら嬉しいんだけど…。俺の事は好きになれないか? 俺が恋人じゃ嫌か?」
嫌か嫌じゃないかで聞かれたら、当然嫌ではない。だって、相手は社内でも人気のある副社長だ。こうやって優しい眼差しで見つめられると心臓が簡単に早鐘を打ち始める。彼にときめかない女性なんているのだろうか?と疑問に思うほどだ。
…ただ、目立つ人と付き合って自分の事を噂されるのは好きではない。
私みたいな凡人は副社長には釣り合わないとか、嫉妬の目で見られながら噂が広められるなんて簡単に想像がついた。
挙句の果てには孤児であることを広められ無駄に同情されるのもごめんだ。
「嫌とは言わないんだな。」
「…副社長は素敵な方だと思います。」
「価値観なら文に合わせるとさっきも言った。他に何が気になるんだ?」
「私みたいなのと付き合うことを良く思わない方もいらっしゃるんじゃないでしょうか…。」
「『私みたいなの』って、文は随分と自己肯定感が低いんだな。」
「そんなことないです。だって、相手は副社長ですよ?」
「俺だってどこにでもいる男の一人だぞ? それなら、社内の人間には内緒して付き合うのはどうだ? 黒田にはもう秘密にできないが…。」
「内緒にですか…?」
確かにそれなら周りからとやかく言われることは無いが、大丈夫なのだろうか…。
「今、それならありかもって少しでも思った?」
「え?」
「その顔は思ったんだな。俺は文と一緒にいられるなら公開しようが内緒だろうがどっちでもいいんだ。」
「……本当にそんな付き合い方で良いんですか?。」
「誰かに自慢するために付き合うわけじゃない。そりゃ、いづれ身内には紹介したいと思ってるが…。どうだ?まずはお試しで皆に内緒で付き合ってみないか?」
少しためらいはあったが、小さな声でYesの返事をすると耳まで熱くなる。
「……わかりました。」
今日がプライベートで副社長と会うのを最後にしようと意気込んでいたのにすっかり流されてしまった。…というのを言い訳にし、本音を言えば副社長の眼差しが居心地良く、自分も彼の側に居られたらと願ってしまった。
恥ずかしくて俯いていると室内はしーんと静かになってしまった。
副社長の方をちらっと見ると、彼の顔も真っ赤になっていることに気づく。
「ふ、副社長?どうかされました?」
「……あぁ、文が恥ずかしがるから移ったのかな。俺まで恥ずかしくなってきた。いや、違うな…。恥ずかしがる文が可愛くて心臓が破裂しそうだ。」
そう言いながら嬉しそうに微笑んでいた。
最上階のレストランに到着すると黒田さんがいないことに気づく。
「あれ?黒田さんは?」
まだ、駐車場にいるのかなぁ?
「デートは二人でするものだろ?ここからは俺と文の二人の時間だ。」
そんな…。てっきり黒田さんも一緒なのだと…。
ウェイターに案内されたのは夜景がきれいに見える個室だった。
きっちり揃えられたシルバーのカトラリーと白いテーブルクロスの中央に飾られた花と蝋燭はここが高級レストランだと印象付けたが、間接照明の光が部屋を柔らかい雰囲気へと変えていた。
ウェイターが私の椅子を引こうとしたがそれを止めさせると副社長自身で椅子を引いて座らせてくれた。その所作は美しくとても紳士的だった。
緊張しているのに気付いたのか、『俺以外誰もいないからリラックスして』と微笑んでくれた。
オードブルとして運ばれてきたお料理はお野菜の彩りやキラキラとソースが輝いていてデザートのように可愛らしくて感動した。
「美味しそう…。」
「お酒は飲める?」
ワインリストを眺めながら聞いてきた。
「ええ、少しなら。」
副社長がウェイターと少し会話をすると白ワインが用意されていたワイングラスに注がれる。
「文がいう環境が違うってなんだ?」
「…それは、先ほども少しお話しましたが、私には両親がいません。施設で育ちましたし、こんな高級レストランへは初めて来ました。すべてにおいて価値観が違い過ぎてます。」
「それだけか?」
「それだけって…。価値観って大切なことだと思いますが?」
「そんなに価値観が大事なら俺が文に合わせる。これで問題は無くなったな。」
「そんなこと言ったって、いつか我慢の限界がきますよ。別れる相手と分かっていて付き合いたくないんです。…逆にお伺いしますが、副社長はなぜ私にこだわるんですか?」
ワインを一口含んだ後、真面目な顔で答えた。
「あの雪の日から文の事が頭から離れない。声や匂いや触れた感触など全てだ。これを一目惚れって言うんじゃないかな…。その後、酔って眠っていた俺を自宅マンションまで送ってくれただろ?2度も文に助けられたんだ。これぞ運命だって思えた。」
「運命……。」
彼の口から運命だなんて言葉が出てくるのはなんだか意外だった。
「文は運命の出会いを信じない人?」
「そんな素敵な事があれば良いなとは思いますが…。」
「文にもそう思ってもらえたら嬉しいんだけど…。俺の事は好きになれないか? 俺が恋人じゃ嫌か?」
嫌か嫌じゃないかで聞かれたら、当然嫌ではない。だって、相手は社内でも人気のある副社長だ。こうやって優しい眼差しで見つめられると心臓が簡単に早鐘を打ち始める。彼にときめかない女性なんているのだろうか?と疑問に思うほどだ。
…ただ、目立つ人と付き合って自分の事を噂されるのは好きではない。
私みたいな凡人は副社長には釣り合わないとか、嫉妬の目で見られながら噂が広められるなんて簡単に想像がついた。
挙句の果てには孤児であることを広められ無駄に同情されるのもごめんだ。
「嫌とは言わないんだな。」
「…副社長は素敵な方だと思います。」
「価値観なら文に合わせるとさっきも言った。他に何が気になるんだ?」
「私みたいなのと付き合うことを良く思わない方もいらっしゃるんじゃないでしょうか…。」
「『私みたいなの』って、文は随分と自己肯定感が低いんだな。」
「そんなことないです。だって、相手は副社長ですよ?」
「俺だってどこにでもいる男の一人だぞ? それなら、社内の人間には内緒して付き合うのはどうだ? 黒田にはもう秘密にできないが…。」
「内緒にですか…?」
確かにそれなら周りからとやかく言われることは無いが、大丈夫なのだろうか…。
「今、それならありかもって少しでも思った?」
「え?」
「その顔は思ったんだな。俺は文と一緒にいられるなら公開しようが内緒だろうがどっちでもいいんだ。」
「……本当にそんな付き合い方で良いんですか?。」
「誰かに自慢するために付き合うわけじゃない。そりゃ、いづれ身内には紹介したいと思ってるが…。どうだ?まずはお試しで皆に内緒で付き合ってみないか?」
少しためらいはあったが、小さな声でYesの返事をすると耳まで熱くなる。
「……わかりました。」
今日がプライベートで副社長と会うのを最後にしようと意気込んでいたのにすっかり流されてしまった。…というのを言い訳にし、本音を言えば副社長の眼差しが居心地良く、自分も彼の側に居られたらと願ってしまった。
恥ずかしくて俯いていると室内はしーんと静かになってしまった。
副社長の方をちらっと見ると、彼の顔も真っ赤になっていることに気づく。
「ふ、副社長?どうかされました?」
「……あぁ、文が恥ずかしがるから移ったのかな。俺まで恥ずかしくなってきた。いや、違うな…。恥ずかしがる文が可愛くて心臓が破裂しそうだ。」
そう言いながら嬉しそうに微笑んでいた。