眠れる森の王子は人魚姫に恋をした
「市ノ川様、デザートはこちらでよろしいでしょうか?」

私が副社長と付き合うことを認めると『デザートは部屋でゆっくり食べよう。』と言われスイートルームに連れてこられた。
部屋でと言われて緊張が走って体が固まったが、スイートルームはちゃんとリビングスペースとベッドルームが分かれているから大丈夫だと教えられた。

副社長によればスイートルーム利用時には大抵、専用のバトラーがつくので、何もせずにのんびり過ごしたいときには自宅ではなく敢えてホテルを利用することがあるそうだ。

のんびりしたいからと言って高級ホテルに来るなんて発想は私にはない。早速、価値観の違いがあらわになる。

「こっちで適当にやるから、そこに置いておいて構わない。ありがとう。」

俺様なイメージが付きまとう副社長がホテルのスタッフにお礼を言っている姿は新鮮で新しい一面を知れた気がした。

「畏まりました。ご入用の際はフロントまでお電話ください。では失礼致します。」

そう言うとホテルの男性は部屋から出て行った。

「さ、デザートを頂こう。」

ワゴンに置かれたデザートが彩るプレートを持ってソファーに座る私へ渡した。

「ありがとうございます。」

「そろそろ敬語をやめないか?俺たち付き合うんだろ?」

自分のデザートを取るとソファーの私の隣に勢いよく座る。

「努力します…。」

「これ、リンゴのソルベだ。そういや、熱出した日に食べたリンゴがやけに旨かったんだ。」

「あぁ、お薬飲むのに空腹では良くないと思って、食堂のリンゴをお待ちしたんです。りんごは消化も良いですし…。」

「文のそういうところが好きだ。」

突然好きだと言われると照れてしまい言葉に詰まってしまう。

「こっ…このムースも美味しいですよ。」

「食べさせて。」

「えっ!」

「ほら、早く。」

副社長が口を開けて待っている。

スプーンでムースをすくって食べさせると、そのまま顔が近付いて軽く啄むように何度も何度も口付けをした。

「文…。好きだ。」

「副社長……。」

見つめ合って再びキスを始めるのかと思ったら『ぷっ!』と副社長が笑う。

「そこは名前で呼んで欲しいな。航希って。」

「あっ…。すみません…。こう言う雰囲気って慣れていないもので…。」

高校生の時、いい感じに仲良くなった男子生徒がいたのだが、西田くんのせいでいつの間にか私の側から離れていってしまった。

その男子生徒のことはとても好きだったので、突然、距離を置かれた事が悲しかったし、西田くんの嫌がらせから守ってくれなかったことに対してもショックだった。

恋愛に対して憧れはあったが、1人で生活していかなければならなかったので、それ以来は自分とは関係ないものとして見てしまっていた。

「慣れていないってどのくいだ?」

「…覚えているかわからないけど、こないだの航希としたキスが初めて…です。」

 ……あぁ。

 顔から火が出そうなほど恥ずかしい。

「悪い…。ってことは、もしかして今のが2回目?」

「はい。」

「ダメだな……俺。」

「ダメではないですが、驚きました…。」

「いや、ファーストキスをあんな感じで奪ってはダメだろう…。文、やり直させて…。」

航希は私と彼のデザートのお皿をカフェテーブルに置くと、ソファーに座り直し大きな手を私の頬に添える。

「好きだ。キスしていいか?」

今更な感じはするけれど、改めてファーストキスをやり直してくれる気持ちが嬉しかった。

頷くと、そっと唇が触れゆっくりと離れる。

これだけで口から心臓が出そうだ。

「キスするだけでこんなに緊張するのは学生以来だ。」

そう言って航希は口角を上げたのだが、その笑顔に胸がキュンとなる。
ずっと自分とは別世界の人だから、例えどんなに素敵な人でも好きならない様にブレーキを掛けてきた。それが無くなった今は自然と自分の中に彼への想いが染み入るように広がっている。

 私も彼の事が好きになっちゃったみたい…。

隣に座る彼の肩に頭をもたらせると、そっと抱きしめてくれた。

「母が亡くなってからこんな風に人に甘えたのは初めてかも…。」

「これからは俺が文を守る。…だから沢山甘えばいい。」

この夜、キス以上の事はしないから朝まで一緒に居たいとせがまれ、結局、ホテルに泊まることにしたのだが、約束通りキス以上の事が無くとも初めて甘い甘い一夜を過ごした。
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