眠れる森の王子は人魚姫に恋をした
受付からの連絡で葛城社長が到着し営業部のフロアにある応接室へ案内したと連絡があったので直ぐにそちらへと向かった。

「初めまして、副社長の市ノ川です。」

応接室に入ると親父より少し若い品の良さそうな男性と秘書と思われる少し年下の女性が座っていた。

俺を見ると立ち上がり名刺を持って挨拶をする。

「こちらこそ初めまして。ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。この度、代表取締役に就任しました葛城と申します。」

明らかに年下である俺に対して見下す事もなく丁寧な挨拶をしてくれた。副社長と言う立場であっても年齢が若いと知ると明らかに横柄な態度をとってくる人も少なくない。

「本来なら弊社の取締役である父が挨拶させていただくのですが、本日は急な出張で不在で申し訳ありません。来月、弊社の創立70周年記念の祝賀会を行う事になってまして、ご都合が宜しければ是非ご参加頂けると幸いです。ご列席賜れば父も喜びます。」

得意の笑顔で黒田の用意した招待状を葛城社長に渡すと直ぐに開封し日時と場所を確認し始めた。

「ここのホテルは庭園が見事なので、母とよく利用するんですよ。」

葛城社長が招待状から目を離し顔をあげたので自然と目が合う。

「土曜日の昼間になります。ご家族とのお時間を奪いかねないので奥様とご相談の上でお返事頂ければと思います。」

仕事だけでなく、家族への配慮も出来ると言うアピールのつもりだったが失敗した。

「あはは、相談できる妻がいれば良かったのですが、この歳でまだ独身でして……。」

「これは、失礼しました。」

「いえ、お気になさらずに。僕にはただ縁がなかっただけなので。」

葛城社長はお世辞を抜きにとしてもかっこいいと言われる男性群に入るだろう。男の俺から見てもカッコいいと思う。親父の年齢に近いがそれでも若い女性にモテそうだと思う。
それに、アクアリゾートの跡取りとなれば縁談話だって腐るほどあったはずだ。
この俺だって成人した頃からそういった話しがどこかしこから湧いてきていた。単純に縁が無かったわけではないように感じる。

 ……何か訳がありそうだな。

「いやぁ、恥ずかしい話ですが、初恋を拗らせてしまったら、あっという間に50近くまで生きてしまって…。」

「初恋ですか?」

「社長、それくらいにしておいてください。社長の恋バナを聞かされても市ノ川副社長がお困りになるだけですよ。」

隣にいた秘書が話を続ける事を止めた。

「この話をすると長くなるのでいつも彼女に注意されるんですよ。この日なら祝賀会は参加できます。後日改めて正式に返信させていただきます。」

そう言うと、葛城社長は招待状を少し上に上げて返信用ハガキをチラッと見せた。

「ありがとうございます。父に伝えておきます。」

その後は新しくオープン予定のリラクゼーション施設で使用するマッサージオイルやクリームの打ち合わせをし、予定通り夕食に誘って営業のメンバーと合流してレストランへと向かった。
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