眠れる森の王子は人魚姫に恋をした
慶介のBarは一見さんには見つけづらい場所にあった。会員制でもないし、一見さんの入店を拒否しているわけでもないのだが、お酒の味を楽しんでもらう為に静かに飲める空間を作りたい。と、いつも話していた。そんな物件を探していたら、偶然に人目に付きにくい場所になってしまったそうだ。
「へぇー、こんなところにBarがあるなんて知らなかったよ。」
葛城社長は狭い路地を見回しながら言った。
「大学で知り合った友人がやってる店なんですが、酒の種類も豊富でなかなか良い店なんです。ああ、ここです。」
店のドアを開けると『いらっしゃいませ』と慶介の声がした。
「なんだ、航希か。いつもので良いか?」
「ああ、俺はそれで。葛城社長は何にします?」
俺の後ろにいた葛城社長に気づいた慶介が頭を下げて挨拶をする。
「では、ジントニックで。」
「畏まりました。」
いつもの奥のカウターに座った。
「市ノ川副社長にお連れ様がいらっしゃるなんて珍しいですね。」
葛城社長の手前、慶介は珍しく敬語で俺に話しかけてきた。
「こちらの方は先月アクアリゾートの代表取締役社長にが就任され、本日はお祝いを兼ねてお食事をご一緒させて頂いてから、こちらに寄らせてもらった。」
「アクアリゾートってベイサイドリゾートで有名な?」
まさか、自分の店にそんな大物が来るとは思わなかったのか慶介はちょっと驚いていた。
最近では昼の情報番組などで旅行特集が行われる時には必ずアクアリゾートの施設が何処かしら取り上げられるほど有名になっていた。
「代々行っていた老舗旅館からアクアリゾートとしめ有名にしたのは父なので、私はまだまだ未熟者なんですが…。」
葛城社長はだいぶ謙遜されているが、アクアリゾートを拡大化して有名にする為に実際に動いていたのは彼だと業界では有名な話だった。彼に実力があるからこそ先代の社長も早めに引退して隠居生活に入れたのだろう。
「葛城社長の手腕は有名な話ですよ。業界の異なる僕の耳にもしっかり届いてます。やり手と言うワードから攻めの姿勢が強いイメージでしたが、実際は謙虚な方なんですね。」
「いやぁ、若い頃はかなり傲慢に突っ走ってましたよ…。そのせいで大分失敗もしたんで気をつけるようになったんだ。」
会話の最中にさりげなく置かれたジントニックに手を伸ばした。
「確かにこの店のお酒は美味いな。市ノ川副社長とは好みが合いそうだ。」
「我が社も親族経営で市ノ川の姓が多いので航希と下の名前で呼んでください。」
「なら、私も将文で結構だ。」
慶介の店には愚痴をこぼしにくることがほとんどで、将文さんとの話も弾み、この店で楽しく酒を飲める時間はとても貴重だった。
楽しんでいる俺を見ていつものマティーニをカウンターに差し出す慶介も珍しく表情が緩んでいた。
「こちらのお店は恋人の方ともよくいらっしゃるんですか?」
「彼女とはまだないですね。ひと月前に付き合い始めたのですが仕事が忙しくなかなか会う機会すらないのが現実で……。」
「僕も早く紹介して欲しいんですけどね。市ノ川副社長にしては珍しくハマっている女性なので、どんな方か早く会ってみたいんです。」
氷をアイスピックで掻きながら慶介が言う。
「恥ずかしい話ですが、一目惚れってやつをしてしまいまして。異性が頭から離れないって本当にあるんですね。」
「ほぉ〜、それは興味深い。私も是非どんな女性なのかお会いしてみたいですね。」
「見た目はどこにでもいそうな感じなんですが、声や仕草、行いが全て自分の持っている隙間にピタッとハマる感じなんです…。それにとにかく優しいんですよ、彼女は。 将文さんの噂の初恋の方はどんな方だったんですか? 聞かない方が良いでしょうか??」
「ああ、別に構わないよ。私がひとりで引きずっているだけなんだ。アルバイト先で知り合い、家庭環境は良くなかったが素直で真面目で芯のある強い女性だった。義父に暴力を振るわれていたみたいで母親の盾になって時々体にあざを作っていたんだ……。だから私が新しい生活を用意したのに、ちっとも頼ってくれなくてね…。若い頃、ちょっとモテていたから当然彼女もそれまで付き合っていた女性同様に私が1番なんだと思い込んでしまって…、気が付いたら義父から逃げる為に母親と何処かへ逃げて連絡が取れなくなっていたんだ。あの時、何を見落としていたのか…。何ができて何をすべきだったのか…。今でも時々思い返して悩んでいるよ。」
「…そうだったんですね。その彼女、幸せになられてると良いですね。」
「本当にそう思うよ。行方不明になった後、結構、探し回ったんだけど未だどこにいるのか…。恋愛抜きにしても会えるなら、また彼女に会いたいね。」
俺と同様に誰から見ても金には困らなかった将文さんだろうから、それにも関わらず頼られなかった現実に大変ショックだっただろうと思う。
まだ、付き合いの浅い俺と文だが、まずは彼女から信頼され、頼れる男になりたいとその時心から思った。
「へぇー、こんなところにBarがあるなんて知らなかったよ。」
葛城社長は狭い路地を見回しながら言った。
「大学で知り合った友人がやってる店なんですが、酒の種類も豊富でなかなか良い店なんです。ああ、ここです。」
店のドアを開けると『いらっしゃいませ』と慶介の声がした。
「なんだ、航希か。いつもので良いか?」
「ああ、俺はそれで。葛城社長は何にします?」
俺の後ろにいた葛城社長に気づいた慶介が頭を下げて挨拶をする。
「では、ジントニックで。」
「畏まりました。」
いつもの奥のカウターに座った。
「市ノ川副社長にお連れ様がいらっしゃるなんて珍しいですね。」
葛城社長の手前、慶介は珍しく敬語で俺に話しかけてきた。
「こちらの方は先月アクアリゾートの代表取締役社長にが就任され、本日はお祝いを兼ねてお食事をご一緒させて頂いてから、こちらに寄らせてもらった。」
「アクアリゾートってベイサイドリゾートで有名な?」
まさか、自分の店にそんな大物が来るとは思わなかったのか慶介はちょっと驚いていた。
最近では昼の情報番組などで旅行特集が行われる時には必ずアクアリゾートの施設が何処かしら取り上げられるほど有名になっていた。
「代々行っていた老舗旅館からアクアリゾートとしめ有名にしたのは父なので、私はまだまだ未熟者なんですが…。」
葛城社長はだいぶ謙遜されているが、アクアリゾートを拡大化して有名にする為に実際に動いていたのは彼だと業界では有名な話だった。彼に実力があるからこそ先代の社長も早めに引退して隠居生活に入れたのだろう。
「葛城社長の手腕は有名な話ですよ。業界の異なる僕の耳にもしっかり届いてます。やり手と言うワードから攻めの姿勢が強いイメージでしたが、実際は謙虚な方なんですね。」
「いやぁ、若い頃はかなり傲慢に突っ走ってましたよ…。そのせいで大分失敗もしたんで気をつけるようになったんだ。」
会話の最中にさりげなく置かれたジントニックに手を伸ばした。
「確かにこの店のお酒は美味いな。市ノ川副社長とは好みが合いそうだ。」
「我が社も親族経営で市ノ川の姓が多いので航希と下の名前で呼んでください。」
「なら、私も将文で結構だ。」
慶介の店には愚痴をこぼしにくることがほとんどで、将文さんとの話も弾み、この店で楽しく酒を飲める時間はとても貴重だった。
楽しんでいる俺を見ていつものマティーニをカウンターに差し出す慶介も珍しく表情が緩んでいた。
「こちらのお店は恋人の方ともよくいらっしゃるんですか?」
「彼女とはまだないですね。ひと月前に付き合い始めたのですが仕事が忙しくなかなか会う機会すらないのが現実で……。」
「僕も早く紹介して欲しいんですけどね。市ノ川副社長にしては珍しくハマっている女性なので、どんな方か早く会ってみたいんです。」
氷をアイスピックで掻きながら慶介が言う。
「恥ずかしい話ですが、一目惚れってやつをしてしまいまして。異性が頭から離れないって本当にあるんですね。」
「ほぉ〜、それは興味深い。私も是非どんな女性なのかお会いしてみたいですね。」
「見た目はどこにでもいそうな感じなんですが、声や仕草、行いが全て自分の持っている隙間にピタッとハマる感じなんです…。それにとにかく優しいんですよ、彼女は。 将文さんの噂の初恋の方はどんな方だったんですか? 聞かない方が良いでしょうか??」
「ああ、別に構わないよ。私がひとりで引きずっているだけなんだ。アルバイト先で知り合い、家庭環境は良くなかったが素直で真面目で芯のある強い女性だった。義父に暴力を振るわれていたみたいで母親の盾になって時々体にあざを作っていたんだ……。だから私が新しい生活を用意したのに、ちっとも頼ってくれなくてね…。若い頃、ちょっとモテていたから当然彼女もそれまで付き合っていた女性同様に私が1番なんだと思い込んでしまって…、気が付いたら義父から逃げる為に母親と何処かへ逃げて連絡が取れなくなっていたんだ。あの時、何を見落としていたのか…。何ができて何をすべきだったのか…。今でも時々思い返して悩んでいるよ。」
「…そうだったんですね。その彼女、幸せになられてると良いですね。」
「本当にそう思うよ。行方不明になった後、結構、探し回ったんだけど未だどこにいるのか…。恋愛抜きにしても会えるなら、また彼女に会いたいね。」
俺と同様に誰から見ても金には困らなかった将文さんだろうから、それにも関わらず頼られなかった現実に大変ショックだっただろうと思う。
まだ、付き合いの浅い俺と文だが、まずは彼女から信頼され、頼れる男になりたいとその時心から思った。