眠れる森の王子は人魚姫に恋をした
【Side:文】

航希と付き合うことにはなったが、彼の仕事が忙しいく平日の夜は全く会えなかった。休日は逆に私が施設のお手伝いに行く事になっていたので会えないでいた。毎年、この時期になると入学入園以外にも学年が変わると色々と用意しながらばならない事がある為、手伝いに行っているのだ。

基本、外出が多くてあまり運ぶことがなかったのだが、副社長室への昼食のお届けも契約外業務という事でなくなった。同じビルに勤めていても元々顔を合わせる事が無かったのでプライベートで会わなければお互いに姿が目に入る事はなかった。

毎日、電話やメッセージアプリで連絡をとっていのだが、時々、俺様な感じはあるものの彼があまりにも気さくで話しやすいので何となく自分の恋人が御曹司であるという実感が薄れてき、逆に恋愛初心者である私への気遣いや思いやが伝わり、好きにならない様にと以前自分に言い聞かせていたストッパーが無くなった分、怖いくらい心が惹きつけられていた。

 私が毎日やりとりをしている相手は本当にあの副社長なのか?

なんて、ふとした瞬間に思ったりもした。しかし先ほど私が休みであり在宅時間に合わせて届いたプレゼントを見て幻ではなく副社長と付き合っているのが現実だと再認識した。

自宅に届いたプレゼント中身は高級ブランドのワンピースと靴が入っており、一緒に添えられたカードには『来週の土曜日、ガラティアホテルで食事しよう。航希より』と書かれていた。

正確な金額は検討がつかないがワンピースのブランドも指定されたホテルの食事も彼の存在がなければ一生縁が無かったものには違いなかった。

前回の食事も高級ホテルのレストランだった。食事のたびに高級ホテルに連れて行かれるのは困るので電話をすることにした。

スマホを手に取ってふと気づく。

 私から航希に電話するのって初めてだ…。

通話ボタンをタップすると耳元でコール音が響いた。土日の休みの日に仕事をしている事もあると言っていたので、数回コール音が繰り返されると電話が繋がるかどうか少し不安になった。

『もしもし。』

無機質な呼び出し音から耳慣れてきた航希の声に変わってホッとする。

「今、電話大丈夫?」

仕事中であれば申し訳ないので確認をした。

『ああ、大丈夫だよ。来週の創立記念日パーティーの確認で実家にきているけど、話は終わってる。文から電話してくるなんて初めてだね。』

声のトーンから少し嬉しそうな感じがして、つい笑顔になってしまった。

「さっきワンピースが届いたの。」

『そのオフホワイトのワンピース、文に似合うと思ったんだ。来週の記念パーティーの後にそれを着た文とデートしたいんだ。』

「こんな高級なお店の洋服贈られても困るわ。」

『ごめん…。その日、俺の服装が正装になるから、それに合わせて勝手に選んでしまった…。店は妹の好きな店でよく服をねだられるんだ。来週のパーティーのドレスもねだられて店に行ったらそのワンピースが目に入って、文に似合いそうだと思ったから…。』

先ほどの明るい声から少ししょんぼりした声に変わる。普段、割と強引に物事を進める彼だからそんな弱々しい声を出されるとまるで叱られた子犬に見えてギャップにドキッとする。

「…そ、それに行くって言ってない。」

『その日は予定がないって前に話してたから大丈夫だと思った。…会えないのか?』

さらに声が弱々しくなる。

「こ…今回はあなたに合わせるけど、次は勝手なことをしてないで欲しい。」

もっと強く意見を言うつもりで…、なんなら勝手にやった事なのだから断ってやろうと電話したのに彼のペースにのまれてしまう。結局は私も彼に会える事が嬉しいし、会いたいと思っているのだ。

『ごめん…。わかった。その日、休憩室を兼ねて部屋をとってあるから支払いは部屋に付けてゆっくりしていて構わない。スパでもアフタヌーンティーでも俺が終わるまで好きに楽しんでくれたら嬉しい。』

「休憩室用って事は時々戻ってこられるの?」

『文がいるなら部屋に戻るに決まってる。隙間時間にでも会えたら嬉しいからその日はそこに居てよ。』

「……わかったわ。早目に部屋に行くわ。でも、無理して来なくて大丈夫だからね。」

『ああ、わかった。楽しみにしてる。』

「うん。 …じゃあ、電話を切るね。」

『文。』

通話を終わらせようとしたが呼び止められる。

「何?」

『早く会いたい。 愛してる。』

彼はいつも直接こうやって言葉にしてくれるが、不慣れな私はなんて返事をして良いのかいつも戸惑う。

「うん。私もよ。」

『文から電話もらえて嬉しかった。いつでも電話して。』

「わかった…。じゃあ……。」

『またね。』

そっと、耳からスマホを離して通話終了のボタンをタップする。

 私が電話をすると嬉しいのか…。

通話を終了したスマホのホーム画面を眺めながらクスッと笑顔になった。
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