眠れる森の王子は人魚姫に恋をした
カードキーを差し込みランプの色が変わるのを待つ。ほんの数秒の事なのにこの時間がイライラする。

ドアのロックが解除される急いで中に入った。

「…文。」

ここ数日会いたくてたまらなかった人の名が自然と口から出た。

リビングには誰もいない。正面に広がる中庭は色とりどりの花が咲き文が言っていた通りバカンスをイメージさせた。
ダイニングルームへ行くと文が丁度昼食を取っていた。

「航希?」

「文、やっと会えた。」

先程まで矢部と不愉快な話をしていたのに、彼女がそばにいるとわかるだけで心が晴れていき自然と笑顔になる。

 思った通り、彼女は白が似合う。

俺が送った服を身に着けた食事中の彼女に小走りで近づいて頬にキスをするとビックリした顔を見せるので、あまりに可愛いらしくて顔がさらに緩む。

「お昼ご飯は食べたの? おにぎりでも買いにコンビニでも行こうかと思ったんだけど、さっき、黒田さんが来てルームサービスを頼んでくれたの。こんなに大きなハンバーガー初めて見た!ナイフとフォークで食べるのも初めて。」

皿の上にはナイフで半分に切られた食べかけのハンバーガーがあったが、確かにデカくてもともとは文の顔くらいはあったことが想像できた。

「いや、まだだ。」

「同じの頼む?」

まだパーティーが終わったわけではない。流石にこれを食べたら苦しくてしばらく動けなくなりそうだった。

「いや、頼まなくていい。付き合いで何か食べるかもしれない。」

「…そう。」

一緒にランチがで着ないと思ったのか文が淋しそうな顔をした。
部屋についている電話の受話器をとり電話のそばに置いてあったインルームメニューからサンドイッチを頼んだ。

「俺はクラブハウスサンドにした。一緒に食べよう。」

「頼まなくていいって、ハンバーガーのことだったのね。一緒に食べられないのかと思った。」

「そのハンバーガーはデカすぎる。腹が鳴らなきゃ充分だ。」

文の嬉しそうにするはにかんだ笑顔をみると、俺だけでなく彼女も二人でいられる時間を喜んでくれているのだと実感し嬉しくなった。
笑顔の戻った文と昼食を済ませると再びパーティー会場へ戻らなければならないのだが、名残惜しくて「もう行くよ。」の一言が口から出ないでいた。

 パーティが終わればまたここで一緒に過ごせる…。

頭では分かっているのだがこの部屋を出たくない気持ちでいっぱいだった。

『ピンポーン♪』

部屋のチャイムが鳴らされた。文が立ち上がろうとする仕草を見せたので、手のひらを彼女に向けてそのまま座っているよう指示をだす。

「俺が出る。」

実は先ほどより黒田からスマホに着信があったが無視していたのでしびれを切らして迎えに来たのだろう。

「悪い黒田。あと5分だけくれなか?」

そう言いながら部屋のドアを開けると正面には矢部芙美が立っていた。

「…なんで君が?」

「先ほど副社長がこちらのお部屋に入っていくのが見えたので…。父が呼んで来いって言うから呼びに来ました。」

上目遣いをしながら俺の表情をチラチラと矢部は伺う。

「はぁー…。いい加減にしてくれ。君はストーカーにでもなるつもりか?」

「副社長のお父様も父と今一緒でして…。」

「誤解は解いてくれたんだろうな?」

「それが…。わたし、ずっと副社長の事が好きだったので直ぐに諦めるなんてできなくて…。」

「つまり、まだ誤解されたままなんだな?君のお父上は。」

「私としては誤解じゃなくて事実にしたいんですぅ。恋人がいるなんて私を遠ざけるためのどうせ嘘なんですよね?」

「嘘じゃない。今も一緒にこの部屋で過ごしていたんだ。君に邪魔されたがな。」

「えっ?どんな方ですか?お顔を見てみたいです!」

なんだこの女は…。俺の恋人は見世物なんかじゃない。自分が失礼なことを言っているのが分かってないのか?

「申し訳ないが会わせるつもりはない。君にお願いしていたらいつまでたっても誤解は解けないままのようだ。自分で誤解を解きに行くよ。だから君は先に会場に戻っててくれ。」

そう言うと彼女を部屋に入れない様にドアを閉めた。

ドアが閉まる音が聞こえたのかそーっと文が顔を覗かせる。

「何かあったの?」

「あぁ、ちょっとな。御曹司あるあるだよ。」

文の方に歩み寄り耳の後ろでチュッっと音をたてた。

「文は何も気にしなくていい。ちょっと会場に行ってくる。そのまま閉会の挨拶をして戻ってくるから好きな事して待ってて。」

ジャケットに袖を通して身なりを整える。

「好きな事って言われても…。わかったわ、待ってるから早く戻ってきてね。」
< 33 / 59 >

この作品をシェア

pagetop