眠れる森の王子は人魚姫に恋をした

夢見たものは…

「うーん…。この後は何しようかなぁ…。」

航希が部屋を出ていくと再び部屋は静かになる。
昼食の食器はダイニングテーブルにそのままでも良いと言われていたが、特にすることもないし、片付いていないことも気になり、運ばれてきたワゴンに食器を乗せて部屋の外に出しておく。

せっかくテラスのあるのだから利用しなければもったいない。部屋に用意されていたカップにコーヒーを淹れ、スマホを持ってテラスに置かれたソファーに向かった。サイドテーブルにカップを置くと贅沢に脚を横に伸し、藤で作られた籠に置かれたブランケットを伸ばした脚にかけてソファに座った。それでもあと2~3人は座れそうだった。

何の花だろうか?風が吹く度に甘い香りがどこからか漂ってくる。香りと共に風に運ばれたのかテラスの隅には庭園の桜の花びらが自然と集まっていた。

 …今朝の招待状を落とした男の人、P・Kメディカルの招待客かしら?

テラスの隅で風に遊ばれている桜の花びらが視界に入り、ふと今朝顔を合わせた男性の事を思い出す。

 一瞬しか見ていないけれど、あの人、どこかで会ったことがある気がする…。

どこの誰なのかわからないが、なんとなく見覚えがあり思い出せない状態にモヤモヤとしていた。

 うーん……。どこで会ったんだっけ…?

P・Kメディカルの招待客であれば、社屋で見かけていたとしても不思議ではない。いくら記憶を辿っても思い出せないのでP・Kメディカルの関係者なのだろう。というところで無理やり自分を納得させたのだが、いまいちしっくりこなかった。

コーヒーを飲みながら動画を観ようか、それともイベント中のパズルゲームでもしようか。真紀ちゃんがこないだ進めてくれたマンガをアプリで読んでみようかなぁ…。スマホを手に取ってみるも春の日差しが眠気を誘い邪魔をした。

こんな素敵な場所でゆったりと過ごせるのは全て航希のおかげ。何であんなに素敵な人が私なんかを…。いまだにこの考えは捨てられないでいた。遠くから見ていた副社長という立場の彼はいつもオーラがあって猛々しい姿なのに、私が出会った彼は高熱だったり、お酒を飲みすぎたりでいつもフラフラしていて、ほとんど意識のない弱々しい姿だった。
自分しか知らない彼の弱った姿を思い出すと、彼を支えてあげたい気持ちと愛しさが自然と込み上げてくる。

 …そうか。これが幸せって気持ちなのかも。

かつて幼少期に母と過ごした思い出。施設で仲間と過ごした日々。辛いことや大変なこともあったが決して不幸だったとは思っていない。それはそれで当然幸せだと感じていた。しかし、それとは別に航希の事を考えるだけで今までには感じたことのない暖かな気持ちに包まれていることに改めて気づいたのだった。
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