眠れる森の王子は人魚姫に恋をした
「ねぇ、コーヒーでも淹れようか?」
今日は平日だが定時で帰れると航希が言うので珍しく彼のマンションに来きていた。
普段、平日に会えるとしたら航希仕事の具合でふらっと私のアパートに顔を出す程度なので前もって会えると分かる日は滅多にない。
マンションの1階に併設されているスーパーで食材を買って食後は映画でも見ながらのんびりしようと話していたのに、黒田さんから電話がきってくると、しばらく2人で話し込んでからメールで送られた資料を確認するためにずっとタブレット端末とにらめっこをしている。
食後の片付けもすっかり終わって私だけ暇になってしまったのだ。
「ありがとう、ブラックで頼む。時差があるから仕方ないんだ。もう直ぐ終わるから…。」
視線はタブレットに向けたまま不貞腐れている私の頭をポンポンと撫でる。
言われた通りにコーヒーを用意して彼の前に置くと、再び手持ち無沙汰になってしまった。
…仕方ない、スマホのゲームでもして待つか。
鞄からスマホを取り出すと珍しく施設の卒園生のグループトークにメッセージが届いていた。
普段は真紀ちゃんなど、個別に仲良くしている人からしか来ないので大人数のグループにメッセージが届くのは余りないことだった。
「えっ!?なんでっ!?」
メッセージを読むなり驚いて思わず声に出てしまう。
「何かあったのか?」
相変わらず視線はタブレットに向けたままだが、心配そうに聞いてきた。
「私がお世話になっていた児童養護施設の卒園生のグループトークにメッセージが届いて、施設が来年度に取り壊しになるらしいの…。数年前に建て替えだってしたし、子ども達だってまだたくさん残っているのに…。」
「今いる子どもたちはどうなるんだ?」
「空きのある施設に振り分けられるみたいだって言ってる…。」
私だけでなく、他の卒園生たちもみな動揺しているのだろう。『なぜ?』『どうして?』とトークへの投稿が止む気配がない。
「…みんな家族なのに。」
資料の確認が終わったのか航希は私の後ろに回りそっと抱きしめてくれた。
「そうだよな…、お前にとってはこの施設に関わっている人間は皆家族だよな…。」
「私みたいに親を亡くして身寄りのない子供もいれば、虐待を受けて心に傷を負った子ども達だっているの…。そんな中、やっと今の環境に慣れてきた子だっているのに…。」
「署名とか集めたら何とかならないのか?」
「…グループトークにもそんな事言ってる人がいるけれど、実際どうなんだろう…。」
「文以外の人物が取りまとめてくれているのなら、少し様子見だな…。」
「そうね…。」
高校を卒業して施設を出てから自立して1人で生活ができるようになり、すっかり立派な大人になった気分でいたが、なんの力もなく施設の一大事に見守ることしかできない自分の無力さにがっかりした。
「私、明日施設に行って話を聞いてくる!こんな私でも何が出来ることがあるかもしれないしっ。」
「俺にも出来ることあれば何でも言って。文の助けになるなら何でもする。」
航希の手が私のあごに触れると後ろを向かせてキスをした。
「…うん、ありがと。」
「ところで、映画何を観る?」
「航希が観たいのでいいよ。」
「そうだなぁ…」
そう言うとサブスクのメニューから観る映画を探し始めたので、コーヒーを入れ直し一緒に摘める果物とスナックを用意した。
思ったより時間の長い映画だったので、観終わるとすぐに車で自宅まで送ってもらった。『映画を観ただけで彼女を自宅に送るなんて中学生のデートみたいだ。』と笑われしまったが、私は彼の日常に少しでも関われただけでも嬉しかった。
明日も仕事なので、まずはシャワーを浴びてから航希と別れた際に郵便受けから持ってきた物を確認する。
普段はチラシや公共料金の明細書がほとんどだが、見慣れない茶封筒が入っていた。
宛名も差出人もない?
特に封はされておらず、簡単に中身を見ることができた。
何だろ?
白い用紙に何か印刷されているようで三つ折りに畳まれていたのをゆっくりと開く。
『市ノ川航希と別れろ。手紙の事は誰にも言うな。』
だった1行だけ書かれていた。
今日は平日だが定時で帰れると航希が言うので珍しく彼のマンションに来きていた。
普段、平日に会えるとしたら航希仕事の具合でふらっと私のアパートに顔を出す程度なので前もって会えると分かる日は滅多にない。
マンションの1階に併設されているスーパーで食材を買って食後は映画でも見ながらのんびりしようと話していたのに、黒田さんから電話がきってくると、しばらく2人で話し込んでからメールで送られた資料を確認するためにずっとタブレット端末とにらめっこをしている。
食後の片付けもすっかり終わって私だけ暇になってしまったのだ。
「ありがとう、ブラックで頼む。時差があるから仕方ないんだ。もう直ぐ終わるから…。」
視線はタブレットに向けたまま不貞腐れている私の頭をポンポンと撫でる。
言われた通りにコーヒーを用意して彼の前に置くと、再び手持ち無沙汰になってしまった。
…仕方ない、スマホのゲームでもして待つか。
鞄からスマホを取り出すと珍しく施設の卒園生のグループトークにメッセージが届いていた。
普段は真紀ちゃんなど、個別に仲良くしている人からしか来ないので大人数のグループにメッセージが届くのは余りないことだった。
「えっ!?なんでっ!?」
メッセージを読むなり驚いて思わず声に出てしまう。
「何かあったのか?」
相変わらず視線はタブレットに向けたままだが、心配そうに聞いてきた。
「私がお世話になっていた児童養護施設の卒園生のグループトークにメッセージが届いて、施設が来年度に取り壊しになるらしいの…。数年前に建て替えだってしたし、子ども達だってまだたくさん残っているのに…。」
「今いる子どもたちはどうなるんだ?」
「空きのある施設に振り分けられるみたいだって言ってる…。」
私だけでなく、他の卒園生たちもみな動揺しているのだろう。『なぜ?』『どうして?』とトークへの投稿が止む気配がない。
「…みんな家族なのに。」
資料の確認が終わったのか航希は私の後ろに回りそっと抱きしめてくれた。
「そうだよな…、お前にとってはこの施設に関わっている人間は皆家族だよな…。」
「私みたいに親を亡くして身寄りのない子供もいれば、虐待を受けて心に傷を負った子ども達だっているの…。そんな中、やっと今の環境に慣れてきた子だっているのに…。」
「署名とか集めたら何とかならないのか?」
「…グループトークにもそんな事言ってる人がいるけれど、実際どうなんだろう…。」
「文以外の人物が取りまとめてくれているのなら、少し様子見だな…。」
「そうね…。」
高校を卒業して施設を出てから自立して1人で生活ができるようになり、すっかり立派な大人になった気分でいたが、なんの力もなく施設の一大事に見守ることしかできない自分の無力さにがっかりした。
「私、明日施設に行って話を聞いてくる!こんな私でも何が出来ることがあるかもしれないしっ。」
「俺にも出来ることあれば何でも言って。文の助けになるなら何でもする。」
航希の手が私のあごに触れると後ろを向かせてキスをした。
「…うん、ありがと。」
「ところで、映画何を観る?」
「航希が観たいのでいいよ。」
「そうだなぁ…」
そう言うとサブスクのメニューから観る映画を探し始めたので、コーヒーを入れ直し一緒に摘める果物とスナックを用意した。
思ったより時間の長い映画だったので、観終わるとすぐに車で自宅まで送ってもらった。『映画を観ただけで彼女を自宅に送るなんて中学生のデートみたいだ。』と笑われしまったが、私は彼の日常に少しでも関われただけでも嬉しかった。
明日も仕事なので、まずはシャワーを浴びてから航希と別れた際に郵便受けから持ってきた物を確認する。
普段はチラシや公共料金の明細書がほとんどだが、見慣れない茶封筒が入っていた。
宛名も差出人もない?
特に封はされておらず、簡単に中身を見ることができた。
何だろ?
白い用紙に何か印刷されているようで三つ折りに畳まれていたのをゆっくりと開く。
『市ノ川航希と別れろ。手紙の事は誰にも言うな。』
だった1行だけ書かれていた。