眠れる森の王子は人魚姫に恋をした
真希ちゃんと施設へ訪れてから数週間が経った。施設を卒園した先輩たちが取り壊しを回避するために働きかけてくれているようで、近々署名の用紙を作って皆に渡すと連絡があった。食堂の混雑も落ち着いてきたので、多くの署名を集めるために晴子主任にお願いして用紙が届いたら入口に置かせてもらうことにした。利用する社員も同じ顔触れへと安定し、仕事も落ち着いてきたので航希に会える時間が作れそうなのだが、一昨日から社長に同行し航希がスイスへ出張で来週まで帰ってこないので、早く帰宅したところで特にやることもない夜を過ごしていた。そして、今日、帰宅すると4枚目の茶封筒がポストに入っていた。

 …あぁ、またか。

誰にも話していないが、あれからも何度かポストに手紙が入れられていた。
高校時代にいじめにあっていたせいか、この手の手紙が届いてもだいぶ免疫ができていたので、恐らく、普通の同じ年齢の女性と比べたら割と冷静に客観的にみていられた。

この類の手紙自体には、当然、差出人が誰からなのか分からないようにしている。だから、様子を見ながら推理していくしかないのだ。幸いなことに今は手紙が届くくらいで直接的な被害はなかった。

こんな卑怯な事をする誰だか分からないヤツに無駄に怯えてビクビクと過ごすなんて勿体無い。自分は何も悪いことをしていないのだから堂々としているべきなんだ。といじめが1番ひどかった高校時代に悟った。もちろん、わたし1人ではそんな考えに辿りつかなかった。日々、味方でいてくれて施設の仲間達がそうやって励ましてくれたおかげなのだ。両親が居ない孤児の私だったが、心温かい大勢の家族はいつもそばにいてくれた。

航希との付き合いだって、誰かの彼氏だった航希を奪い取ったわけでないし、不倫をしているわけでもない。

航希が『好きだ』と気持ちを伝えてくれて、私も航希に惹かれていった。ごく普通の恋人関係なのだ。

内緒にしてもらっているのは、やましい事があるからではなくて、私が噂の的になる事を避けたかったからだ。

1通目と2通目は同じ文章で『市ノ川航希と別れろ。手紙の事は誰にも言うな。』と書かれていた。

 別の文章を考えるのが手間で同じものをプリントアウトしたのかなぁ…。

なんて、冷静に頭に浮かぶ自分がいた。3通目には『早く別れろ。周りの不幸は全てお前のせいだ。別れなければ不幸は続く。』と書いてあり、

 周りの全て不幸が私のせいって…。

と、あまりに荒唐無稽な内容に呆れてしまう。しかし、『お前のせい』と書かれ、私を悪者にしているところから、きっと航希側の関係者なのだろうとなんとなく推測できた。
まぁ、当然ながら航希と別れて得する人間は私側の知人にはいないだろう。みんな真希ちゃんの様に『玉の輿だ。』と喜んでくれる人ばかりだ。

先ほど郵便受けから取り出した茶封筒には今度は何が書かれているのか…。相変わらず封のしていない茶封筒の中身を取り出して紙を開いてみた。

『お前のせいでひまわり園が無くなる気持ちはどうだ?明日、市ノ川航希をカフェに呼び出し早く別れを告げろ。』

文章と共に指定されたカフェの地図が書かれていた。

 どういう事?施設の取り壊しとこの手紙は関係あるってこと?
 っていうか、なんて横暴なの!!カフェで別れ話って言われても航希はスイスだし!!!

私と航希の関係を知る社内の人間は黒田さんと社長だけのはず。航希が日本にいないことを知らないわけがない。つまり、私たちの関係を誰かが気づき手紙を送り付けているのだ。

 もうっ!一体だれなのっ!?

施設の取り壊しについて関係があるとなるともう黙ってはいられない。急いで真希ちゃんに連絡を取った。
< 40 / 59 >

この作品をシェア

pagetop