眠れる森の王子は人魚姫に恋をした
「さぁ、この店のピザは美味しいんだ。みんな食べて。」

健くんが皆の分をお皿へと取り分けてくれる中、一つのテーブルに元イジメをした側とされた側、数年ぶりに顔を合わせた先輩と後輩が座っているのだ、個室には微妙な空気が流れていた。
真希ちゃんよりも年上なのに、子犬をイメージさせる可愛い笑顔の健くんのおかげで平和な時間を少しだけ取り戻し過ごせていた。

一通り説明を終えた後に送られてきた手紙を西田くんに直接見せる。

「うわっ…こんな手紙が送られてきていたのか…。しかし、俺には施設を取り壊しにできる権力なんてないぞ。」

「確かにそうよね…。」

ピザをかじりながら真希ちゃんが納得する。

 確かにその通りだ。

「副社長はこのことを知ってるのか?」

「施設が来年取り壊しになる話はしたけれど、手紙の話は一切してないの。心配かけたくないし…。」

「文ってば心配かけたくないからって私にも知らせてなかったのよっ!私だって手紙の事は昨日知ったんだからっ!」

手紙の事をずっと黙っていたことが気に入らない様子だった。

「真希ちゃん、ごめん…。」

「施設の取り壊しに手が回せる人物何て多くはいない。そんな力がある奴なんて副社長の関係者に決まってるじゃないか…。」

西田くんは言い切ったあとに何かを思い出した顔をした。

「どうかしました?」

健くんが西田くんの表情に直ぐに反応し問いかける。

「…いや。ちょっとそんな権力がありそうな人物が一人浮かんだんだが…。いや、それはあり得ないな。」

「それはどうしてあり得ないんです?」

先ほどまで可愛いわんこスマイルを見せていた健くんの表情が真剣なものへと変わった。

「僕の元カノなので…。長月とは一切関りがないので手紙を送り付ける理由が無いなと…。元カノの父親が著名人でもしかしたら…と思っただけです。」

「西田の元カノじゃぁ、文には関係なさそうね~…。」

「そうよ。見知らぬ西田くんの元カノに恨まれる覚えはないわっ!」

そこは皆で納得した。人が増えても結局、犯人は分からないままだった。

「副社長に直接相談した方がいいんじゃないか?」

「彼に迷惑をかけることはしたくないの。それに差出人からは誰にも言うなって書いてあったし…。なのに既に3人話しちゃってる…。」

「長月…、お前バカだな。そんな手紙を送ってくるやつの言うことなんて聞くなよ…。」

「西田くんだって昔やってたじゃない!机の中に悪口かいた手紙やゴミを入れてきたり…。」

思い出しただけでも過去に感じた嫌な気持ちが押し寄せる。

「おっ俺はそんな事してないっ。…多分、いつも一緒にいたやつらが勝手に…。」

「だとしてもあんただって一緒に嫌がらせしてたじゃない。同罪よっ。」

「そっ、それは…。…ごめん。すごく後悔してるんだ…。」

真希ちゃんに言われると西田くんは何も言えなくなり黙り込んでしまった。

「そう言えば西田くんも文ちゃんに話があったんだよね?」

すっかり俯いてしまった西田くんに健くんが言った。

「そうなんですが…。」

言いにくそうな顔をしながら私の方を見る。

「前に西田くんが私に言ったことは真希ちゃんには全部話してる。」

「そうか…。」

全部知っているならば隠しても仕方ないと諦めたのか、カフェを出たあとに私を呼び止めた理由を話し始めた。

「本当は二人きりで話したかったんだけど…。前にも言ったように昔から長月の事が好きだった。会社で再会して今でも長月の事が好きだって実感したんだ。だから、会社で偶然顔を合わせた時に会話をするくらい許してほしい。挨拶くらいでいいんだ。お前の側に居させてくれ。…もう、長月が嫌がることは絶対にしない。」

「ダメよっ!そんな都合のいい話があるわけないじゃない!」

「真希。それは文ちゃんが決める事だよ。」

西田くんの話に声を荒げた真希ちゃんを健くんが止める。何かと突っ走りがちな真希ちゃんには健くんみたいな男性が本当にピッタリだ。三人の視線がこちらに向いた。

「正直、西田くんを見るだけで昔のことを思い出して一瞬で体が固まってしまうの。その…、また、何かされるんじゃないかって身構えてしまう感じ…。」

「本当にすまない。そこまでトラウマになっているとは思わなくて…。」

西田くんは目に涙を浮かべていた。大人の男性が涙を浮かべているのを初めて目にし彼の本気度が伝わる。

「西田くんが私に好意を持ってくれているのは有難いけれど、私が西田くんにそういう感情が芽生えることはないの。…今は同じ社屋で仕事しているわけだし、どうしても顔を合わせてしまうから挨拶とかは仕方ないと思う…。」

「それでいいよ…。償いが必要であればできることは何でもする。これからは俺が長月の味方でいることを覚えていて欲しい。少しでも困ったことがあれば何が何でも力になるから。」

上手く返事ができず、静かな時間が個室に流れた。それとは対照的に個室の外では楽しそうに食事が行われている様子が響いていた。

「まぁ、西田くんには悪意が一切ないことがわかったし、勤務中に何かあっても僕らは文ちゃんを助けられないわけだ。こちらの事情も理解してくれているから味方がいるってことで良いんじゃないかな?」

この中で一番年長者である健くんがまとめてくれた。

「味方が西田ってが嫌だけど、味方がいないよりかはましよね。ってか、文の為に何でもするっていうなら、施設の取り壊しを何とかしてよっ!」

真希ちゃんが無理難題を西田くんに押し付ける。

「だから、俺にはそんな権力ないし…。あぁ、でも、元カノの父親に話せるようなら相談してみるよ。」

話はひと段落したところにデザートが運ばれてきた。そして、西田くんに呼び止められたときにスマホが震えていたことを思い出した。

「あ、真希ちゃんごめん、まだメッセージ見てなかった。」

その言葉に真希ちゃんはキョトンと私を見る。

「メッセージ?」

「うん、カフェを出たあと送ってくれたんじゃないの?てっきり真希ちゃんからかと思ってた。」

家族のいない私あてにメッセージを送る相手は真希ちゃんか航希くらいだった。航希は時差の関係で寝ている時間だったから、メッセージの相手はタイミング的に真希ちゃんからだ思い込んでいた。

「私じゃないよ?」

「えー、広告かな??」

鞄からスマホを取り出して画面を見ると、今の時刻と共に『メッセージ 1件』と表示されていた。
そのまま画面をタップし、メッセージを確認してみる。

 『約束をやぶったな』

「きゃっ!なにこれっ!」

恐怖でスマホを手放してしまい、テーブルの上にゴンと音と共に落ちた。三人がその様子に慌ててテーブルに落ちたスマホの画面をのぞき込む。

「送信元は?」

冷静に健くんが放り出されたスマホを手に取って確認するが、どうやら送信元は偽装されているようでランダムな名称が表示されていた。

約束とは真希ちゃんに手紙の事を話したことを指しているのだろうか…。それとも、航希がカフェに現れず、別れ話をしなかったことを意味しているのだろうか…。自宅だけでなくスマホの情報もバレているのだと知り、次第に指先が冷たくなり小刻みに震えていた。
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