網川君の彼女は、お値段の張る“ユーリョーブッケン”。
嗚咽が漏れる。


こんな姿、誰にも見せたことがなかった。


ボロボロと零れ落ちる涙。


きっと春夜の目に映る私は、これまでにないほど醜い。




「・・・も、やだっ・・・」


――言ってしまった。



これまで、その悲しみが帰ってきたことはなかったのに。


だってみんな理由なんか訊かずに、気持ち悪がるか恐がるかして離れていってしまったから。



「あんな最後のキスの感覚・・・っ、憶えてると、辛いだけでっ・・・」


「・・・上書き、してほしいの?」


「・・・っ、そういう、こと・・・です」


自分勝手だってわかってる。



どんなに相手に失礼か。



わかっているつもりだ。






でも、どうしても。




その感覚が、あの人を忘れさせてくれない――・・・



――藍谷 大和(あいたに やまと)


色素の薄い癖っ毛と、黒縁のメガネがよく似合うその整った顔立ちは、学年でも有名で。



ちょっとドジなところも、彼が人気者だった理由だった。



いつも微笑みを湛えていて、その気さくな雰囲気には誰もが魅せられていて。



でも高校と中学の合間という憎いくらいきりの良い期間に彼がいなくなったことで、

彼の事故については皆知らなかった。





入学式では同じ中学から来た人たちも、彼の死なんて知らずに笑顔を浮かべて。


私だけが人生最大の哀しみを胸に、そこに存在していた。
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