約束された結婚ーー鬼の花嫁は初恋相手と運命の相手に求婚される
 わたしは俯き、黙って校門へ続く坂道を上る。おはよう、おはようと挨拶を交わす生徒の声が遠い。わたしとは違う世界の言葉みたいだ。

「君の決断は間違っていない。胸を張っていい

「張れません。わたしは涼くんを鬼にしてしまう所だったんですよ」

「そうかもしれないけれど、踏み止まれたじゃないか? なかなか出来ない事だ。僕は嫉妬するよ」

「嫉妬ですか?」

「鬼は血に執着する。なのに桜子ちゃんは夏目君のため身を引いた。真実が殆ど話せないだろうから苦しかったはずだ。苦しい思いまでして彼の将来を守るなんて、嫉妬して当たり前でしょ? あーあ、僕も桜子ちゃんに泣かれるほど想われたいよ」

 四鬼さんの言葉が染みる。ひりついた肌に馴染む。

「実際は泣かせたい訳じゃない。桜子ちゃんには笑顔でいて欲しい。桜子が笑顔に戻れる手伝いをさせてくれないか?」

「こういう時に優しくしないで下さい。わたし、一族や鬼姫の件はまだ納得してませんから。ニュース見ました」

「うん、身内の不祥事を病院のアピールに使う当主は怖い鬼だね」

 俯いたまま唇を噛み、予防線を引いておく。

「それと弱っていたら付け込むのは当然だ。安心して付け込まれちゃえば? デロデロに甘やかしてあげる」

 とか言いつつ、スキンシップがいつもより少ない。わたしに寄り添うのを優先してくれていた。

「デロデロって、ぷっ」

 四鬼さんらしからぬボキャブラリーに吹き出せば、彼は格別に嬉しそうにする。

「ありがとう、ございます」

 わたしはそっと、聞こえるか聞こえない程度に呟いた。
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