約束された結婚ーー鬼の花嫁は初恋相手と運命の相手に求婚される
 自ら鬼となる選択はしない。涼くんならそう言うと思った。

「涼くんを鬼にしない為にも、他の摂取方法を取りたいと考えてます」

 涼くんの血を徐々に断っていく計画を前向きに検討する。またそれと並行して、涼くん以外の血を飲む選択も視野に入れる。

「夏目君とは離れるのですね?」

「離れると言っても家が隣で、幼馴染なんですけど。明日、沖縄から帰ってきたら伝えようと思ってます」

「お土産にシーサーの置物を貰うかも知れませんね」

「くれませんよ。なにより要らないから」

 顔を上げ、笑う。この決断に後悔がないと示す。

「こんな事を言うと千秋様に叱られますが、夏目君を花婿にしても良かったのですよ? 可愛いあなたが鬼になって欲しいと言えば、応じてくれるかもしれません」

「言いません。もう先生ってば、誰の味方なんです?」

 呆れたと息をつき、先生を軽く睨む。と、先生もわたしをじっと睨んできた。

「鬼と人との恋の成れの果てを体験した身として、同じ挫折を味わせたい部分と、悲劇を塗り替えて欲しい部分が半々といった所ですかね。
それに浅見さんが夏目君を選べば、妹は千秋様を好きでいられる」

 柊先生の瞳が際から赤くなっていく。

 鬼は感情が昂ると目が染まり、香りを放つと先程学んだばかり。むせてしまいそうな甘い香りに思考を惑わされぬよう、理性の手綱をしっかり握る。

「先生は失ってしまった恋人を今でも好きなんですね。初めて先生と会った時に持っていた写真の人ですか?」

 これも学んだばかりだが、鬼は長寿で一定の年齢から老けにくくなるそう。鬼が姿を変えられるのは、長く生きているのを人に気取られない為でもある。

 先生のファイルに挟まっていた写真は年代が古そうだったものの、撮った当時に柊先生は居たのだろう。

 先生は真顔で立ち上がり、机の引き出しから該当の1枚を取り出す。

「私に恋愛感情が残っていないのは、彼女を亡くした時に2度とこんな思いをしたくないと恨んだからでしょう。美雪や夏目君と接すると彼女が過ります。鬼と人は愛し合っても不幸になるだけです」
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