約束された結婚ーー鬼の花嫁は初恋相手と運命の相手に求婚される
 美雪さんのプレゼント用に買ったピンクのマグボトルを手に取り、写真をわたしへ手渡す。
 先生が愛した女性は長方形の世界で穏やかな表情で在りし日を彩る。

「鬼に恋愛感情を抱かない方がいい、美雪にも再三繰り返しましたが、失恋しても好きでいられるだけで幸せと言われましてね。反面教師が身近に居ると言うのに困りました。
今朝なんてついに鬼になりたい、鬼になる薬を飲ませろと言い始めました」

「鬼になる薬があるんですか?」

「ありますよ。ただし未だ実用には至らない。流石の私も妹をモルモットにする精神は持ち合わせてません。治験者として夏目君は非常に適しているのですが、浅見さんからお願いしてくれませんか?」

 鬼と人が愛し合えるように、綺麗な前置きをして本題を切り出す。情に訴えた上手いやり口だ。

「駄目です。涼くんには飲ませません」

 だけど、きっぱり断り写真も返す。

「あはは、駄目ですか」

「恋人の為にずっと鬼になる薬を研究していたんですね」

「そんなロマンチストじゃありません、単なる好奇心です。鬼には時間が腐るほどありますし、研究でもしていないと暇で仕方ない」

「涼くんに薬を飲ませて成功したら美雪さんにも飲ませ、美雪さんと四鬼さんが付き合う。失敗したなら四鬼さんにわたしの面倒をみさせようとしてませんか?」

「面倒をみるのは私でも構わないですよ。言ったでしょう? 漁夫の利です」

「好きでもないわたしの面倒をみても、先生にメリットがないですが」

「ご謙遜を。鬼姫を娶るとなればメリットしかありませんし、幼妻という響きはドキドキします」

 わたしの考察を否定せず、肯定もしきらない。いかにも自分は悪い鬼ですよと演出しつつ、カップへハーブティーを注ぐ。

「そろそろ授業が終わりますね。千秋様が駆け込んでくるので、このお話は終わりです。万が一、例の薬が必要になれば……」

 脇の薬棚へ視線を滑らせる先生。2段目に鬼になる薬が入っていると合図した。
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