約束された結婚ーー鬼の花嫁は初恋相手と運命の相手に求婚される


「うぇぇぇっ!」

 身なりの良い女が人目を憚らず、路地脇で嘔吐している。
 季節は春、花見を楽しむ人々は眉をひそめ、女を避けた。

「だから言ったであろう。異性の血でなければならないと。ほら」

 連れの男だろうか。手布を女へ差し出す身なりも整っており、昼間から酔っ払う身分には見えない。
 女はひとしきり吐き出すと涙目でそれを受け取って、鼻をすんと鳴らす。

「……花の香がします」

「不快か?」

「いいえ、甘い香りは好きです。いい匂い」

「そうか、それは人には香らない。鬼は鼻が効くのだ」

「わたしは本当に鬼なのでしょうか? まだ信じられません」

 風が舞い、女の黒髪を揺らす。鼻筋の通った美しい顔立ちに男は目を細めた。

「女の鬼は希少だ、私も初めて見る」

「希少ーー物珍しさで求婚なさったのですね?」

「我が一族は鬼を束ねる。稀有な鬼姫を娶るのが義務であるのは否定しない」

「……」

「姫も鬼である以上、血がなくては生きられないのだ。どうだろう、私の血を飲まないかい?」

「つまり血と引き換えに結婚しろと?」

「今しがた確かめたよう、鬼は異性の血でなければ受け付けぬ。私の妻となれば血はもちろん、生活の保証もする。悪い条件ではなかろう?」

「貴方は一族の為に好きでもない女と結婚するのですか?」

「私はそなたが嫌いではない、むしろ好ましい」

 男がふわりと笑えば、手布から香った匂いがする。
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