崖っぷち告白大作戦⁉︎〜彼氏と後輩に裏切られたら、何故か上司に寵愛されました〜
天莉(あまり)、とりあえず今は俺の言う通りにして? 事情は後でちゃんと説明するから」

「ひゃうっ」

 そのままぼそぼそと耳孔へ直接吹き込むようにささやかれた天莉は、言葉の内容もさることながら突然(じん)に距離を削られたことにビクッと身体を跳ねさせてしまう。

(かっ、課長の前でいきなりっ、こんなっ)

 一気に熱を持った耳を押さえて尽を睨んだら、ふわりと優しく微笑まれた。

「ごめんね、天莉。キミが余りに可愛い反応をするものだから、つい……」

 まるで今、自分は衝動的に恋人の耳朶にキスをしてしまったんだ、と言わんばかりの口振りでそう告げた尽に、天莉はパクパクと口をわななかせる。

 要らないことを言おうものなら、何をされるか分からない、と思った天莉だ。

「実は彼女にもこの書類のことは秘密にしていましてね」

 スッと声の調子を変えて尽が告げた言葉は、目の前で突然見せつけられたイチャイチャに戸惑う課長への言葉らしかった。

「サプライズだったので、驚かせてしまったようです」

「あ、そ、そう……だったの……です、ね」

 課長は情報量の多さに色々処理しきれていないのか、目が虚ろに見えた。

 そしてそれは天莉にしても同様で。

 尽の真意が全く理解できなくてソワソワと落ち着かない天莉に、直樹がスッと何かを差し出してくる。

 よく分からないままに受け取って何気なく眺めたそれは、【玉木】と刻まれた印鑑だった。

風見(かざみ)課長は先ほど私がお願いした通り、印鑑、持ってきて下さっていますよね?」

 そういえば、課長が先ほど総務課で尽からそう指示を受けていたことを思い出した天莉が、すぐ横に座る尽の横顔を見詰めたら「天莉のは《《俺》》が《《家から》》持ってきたからね?」と、《《同棲していること》》を思いっきり(ほの)めかすような発言をぶち込んでくる。

(ちょ、ちょっと待ってください、常務っ。私、こんな印鑑持ってません!)

 と天莉が心の中で抗議しているのも、きっと全てお見通しなのだ。

 天莉が反論しようとするたび、握られたままの手にギュッと力が込められるから。

 そう。今、天莉が手にしている印鑑は、天莉自身初見のもの。
 家から持ってきたという言葉さえ怪しい、まっさらな印鑑だった。
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