崖っぷち告白大作戦⁉︎〜彼氏と後輩に裏切られたら、何故か上司に寵愛されました〜
 非難がましく(じん)を見詰めてみたけれど華麗にスルーされて。
 助けを求めて直樹に視線を転じたら、何故か小さくうなずかれて会釈(えしゃく)されてしまった。

(伊藤さん、その首肯(しゅこう)の意味を教えて下さい! 私、このまま流されてしまっても大丈夫ですか?)

 実は失礼な話だが、尽よりも彼の秘書の方が誠実さは上だと思っている天莉(あまり)だ。

 尽だけではなく直樹にまで、『問題ないですよ』と言った感じでに現状を受け入れるよう(うなが)されては従うしかない。

 尽がいつぞや見せてくれた『パーカー社』のソネットシリーズの高級ペンを取り出して、サラサラと天莉の横で『夫になる人』の欄を埋めていくのを見詰めながら、天莉は戸惑いつつ、自分も(はら)をくくるしかないのかなと思って。

 過日猫の婚姻届に(あらかじ)め書かれていた文字を見た時にも思ったけれど、尽はとても綺麗な字を書く男性だ。
 筆圧は少し高め。跳ねる所はしっかりと跳ね、止める所はグッと止まる、堂々として男らしい、まさに尽自身のように威風堂々とした自信に満ち溢れた文字。

 それでいて整っているからだろう。
 とても読みやすいのだ。

 そんな文字で一通り自身が書くべき欄を埋め終えた尽が、天莉にそのペンを差し出してきて。

 手渡されるままに受け取ったペンの軸部分には、まだじんわりと尽の手の温もりが残っていた。


 一度書いたことがある書類だ。

 天莉は前ほど惑わずに『妻になる人』の欄を埋めることが出来た。

 出来たのだけれど――。
< 92 / 351 >

この作品をシェア

pagetop