排他的に支配しろ
《健忘》




 白い石を右上に置いたら、たくさんひっくり返せる……!

 ついに勝機が見えて角へ腕を伸ばした。


 その後の、勝敗はどうなったのだろう。


 眠りから覚めるとき、何よりも生を実感する。意識を手放している状況こそ、死と同等の感覚であると感じるからだ。

 ふっと意識が降りてまぶたを開くより先に、嗅覚を取り戻した。

 嗅いだことのある香りだ。苦味があってくらっと来るけれど、なぜか安心する。

 記憶が途切れる直前も、こんな感じの匂いがしたような……。

 もっと近くで確かめたくて、手繰り寄せた。



「……はは、積極的~」



 固い壁が手に当たると同時、困ったような声が聴覚を刺激する。

 そこでようやく、視覚を解放してみれば。



「起きたんだ、りん」



 ──わたしの背中に手を回す春日さんがそこにいた。

 顔を胸板に押し付けられ、一層濃い香りを取り込むことになる。



「春日、さん。その……離れ、」

「りんから引っ付いてきたんだけどな~」

「あ、っぅ……」



 香りに酔って、力が入らない。その上、妙に中毒性があるのか離れがたくて。

 だから、春日さんから離れてもらわないと終わらないのに……。


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