失恋のカノン

知ったのは一年前。酷く悲しそうに、また苛立つように鍵盤を叩く姿を初めて見た。背中を丸めて弾く姿はかすかに震えていた。私は彼のことを知らないけれど、激情に飲まれるようにして奏でる旋律さえも繊細で美しいのだと知った。

彼に聞こえないように足音を潜めて隣の教室に入り、しばらく立ち止まり聞いていた。何の曲を弾いているかわからないけれど、ただ彼はやり場のない悲しみを自分で解消するための手段として弾いている。どうか彼がその悲しみを受け入れて、元気になってほしいなと思いながら教室の隅のほうでぼんやりと過ごした。

話しかけることもせずに、なんとなく音楽室の前を通り、彼が弾いていたら少し隣の教室でその音色に耳を傾けていただけである。顔が見えたら、ああ、あの人の選択教科は同じだとか、部活は入っていないんだとか少し話すには物足りない情報を知ることができた。

そんな彼が教室にふらりと入ってきた。彼は一組で、私が八組だからそれなりに距離がある。彼は仲のいい友達などいたのだろうか、とぼんやり思っていると彼と視線が合った。
そして彼はすたすたとこちらに歩いてきた。周りに彼の友人はいないのだろう。休み時間だから好きに各々話しているが、見かけない顔に少し目くばせするように何人かは見ていた。
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