失恋のカノン
「こうやって知らない人に話を聞いてもらおうなんて本当に考えたことがなかった」

心がぎゅ、とわしづかみにされたような苦しさが胸をついた。私は彼の表面のみしか知らない。知らない人、たしかにそうだ。私が一方的に知っているだけの人だ。

「私も、話をすることがあるなんて思わなかった」

「でも、ずっと聞いてたじゃん」

「それでも聞いてるだけで満足してたから」

「へー。変な奴」

私は彼から見たら変な奴だ。はっきり言われ落ち込んだ。
ただ彼の声は沈んでいないことだけがほっとした。

「……どうして教えてくれるの?」

彼は私の顔を見ないで、空を見上げた。「んー-…」と小さく声を漏らす。

「なんとなく」

その声はたしかになんとなくそうな、なんとなくな声色だった。

「…そうなの?」

「うん」

拍子が抜けて、身体のこわばりが緩むのを感じた。
なんとなく。きっと彼なりの言葉ができていないのではないか。
私に話す理由、声をかけてくれる理由その他もろもろ。
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