失恋のカノン
だから、わかることがある。

「ピアノ以外でどうやって感情を吐き出すの。だって」

あんな激情、胸に押し込めていたらしんどくていつの間にか破裂しちゃうんじゃないかって。一度だけ、私以外に彼の演奏を聞きに来た人がいる。その人が来たら演奏が止まった。いつもと違うその様子に好奇心から教室を覗いたことがある。ただその姿に息が止まった。

綺麗な女性と見上げる彼だ。女性は大人びていて、巻髪は緩くまとめている。学生ではない風貌でちらりと見えた左手の薬指にはきらりと光るシルバーリングが。彼は複雑そうな表情を浮かべながらも瞳が恋をしていた。

あぁ、泣きそうだ。また涙が溢れそうになる。
彼は言いたいことが伝わったのか、泣きそうな顔をしていた。諦めたような、どうしようもない表情である。

やっと表情が読めた。感情がわかった。
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