バニラな恋に恋焦がれて
告白と打ち上げ花火
○学生寮・怜の部屋

怜「入れよ」
美郷「うん……」

怜が美郷を部屋の中へと招き入れる。
2人は間に微妙な隙間を開けて床に座った。

美郷(桐嶋くんの部屋に来たのはいいけれど、これからどうしよう……)

しばらく沈黙が流れる。
重い空気の中、先に声を出したのは怜だった。

怜「突然どうしたんだよ」

怜は目線を合わせようとはせず、ぽつりと呟いた。

美郷「えっと……」

美郷(何から話したらいいんだろう)

美郷「話したいことがあって……」
怜「ふーん。何?」

話したいことがあるとは言ったものの、何をどう話すかなんて決まっていない。
来実ちゃんが勢いに任せて送ってしまったメッセージ。
取り消すこともできず、こうして桐嶋くんの部屋に来たわけだけれど。

美郷(どうしよう)

怜もなぜだか気まずそうな雰囲気で、いつものように話そうとしてこない。
それが余計に美郷を緊張させる。

美郷「も、もうすぐ夏休みだねっ!」

美郷(わ、私ってば突然何を……)

突拍子もなく、変な話題を振ってしまった。

怜「あぁ。もうそんな時期だな」

怜は普通に返事を返してくれた。
そのことに美郷はホッとする。

美郷「あの……よかったら夏祭り一緒にいかない?」
怜「夏祭り?」
美郷「うん。来実ちゃんと加賀くんも誘ってさ」

美郷(本当はこんな予定じゃなかったんだけど……)

来実ちゃんと加賀くんを追加したのは保険だ。
2人きりだと断られてしまいそうだったから。
こんなはずじゃなかったけれど、夏祭りには桐嶋くんと一緒に行きたいと思っていたのは事実。

怜「別にいいけど」
美郷「い、いいのっ!?」
怜「なんでそんなに驚くんだよ」
美郷「いやっ……桐嶋くんに断られるかなと思って」
怜「別に何でもかんでも断るわけじゃないから」
美郷「そ、そうだよね」
怜「話ってそれだけかよ」
美郷「う、うん……メッセージでもよかったよね、ごめん」
怜「いや、別にいいんじゃない?」

本当は違うと思うけれど。
来実ちゃんが背中を押してくれた理由は、きっと気持ちを伝えてこいってことだったと思う。
でも、その勇気はまだ出せなかった。

美郷「じゃあ、私、そろそろ帰るね」
怜「あぁ。またな」
美郷「うん、また明日」

気まずさはまだ抜けなくて、足早に怜の部屋を出てきてしまった。


○学生寮・美郷の部屋

美郷「来実ちゃん……私、何も言えなかった」

部屋に戻ってしばらくして、来実から連絡があった。
報告会という名の電話をしている。

来実「そっかー、まだ早かったか」
美郷「でもね、お祭りには誘えたよ。ほら、夏休み中にある」
来実「いいじゃん!一緒に行ってきなよ!」
美郷「そのことなんだけど……来実ちゃんも着いてきて!お願いっ!」
来実「私も?まぁ、いいけどさー」
美郷「ありがとう、来実ちゃん!桐嶋くんにも加賀くん誘ってもらうように言ってあるからさ」
来実「そっか、加賀くんも来るんだー。楽しくなりそうだねっ」
美郷「うん、そうだといいんだけど……」
来実「じゃあ、告白もその時だねっ」
美郷「ええっ!?」

来実の言葉に驚いて、顔を真っ赤に染める美郷。
1人で恥ずかしくなる。

来実「応援してるよ!じゃあまた学校でねー」
美郷「あっ、来実ちゃ……」

美郷(もう。来実ちゃんってちょっと強引なところがあるんだから……)

告白するのなら夏祭りは絶好のチャンスなのかもしれない。
でも──そんなこと、私にできるだろうか。


○お祭り会場・神社前(夜)

鳥居前の階段で浴衣姿の怜と駿介が待っている。

来実「おまたせーっ」

浴衣姿の美郷と来実が2人の元へとやって来る。

駿介「浴衣姿いいじゃん!2人とも似合ってる!」
来実「ありがとう、加賀くん!2人の浴衣もいい感じ」
駿介「ありがと」

2人で盛り上がる駿介と来実。
その後ろで置いてかれている美郷と怜。

美郷「浴衣……どう、かな……」
怜「似合ってる。……可愛いんじゃね?」
美郷「……へっ?」

美郷(い、今なんて?)

びっくりして立ち止まる美郷。
前を歩く怜の表情はよくわからないが、照れているのを必死に隠している。

来実「美郷ちゃん?何してるの?行くよー」
美郷「う、うんっ!」

鳥居前で待ってくれていた3人の元へと駆け寄る。


○お祭り会場内(夜)

来実「いいね、このお祭りの雰囲気好き!」
駿介「なんかテンション上がるよなー」

美郷と怜以上に楽しんでいる来実と駿介。
2人がいい感じに見える。

来実「あ、射的あるじゃん!ね、やってみてよ」
駿介「え、俺?」
来実「加賀くんと桐嶋くんで!」
怜「え、俺も?」
来実「ほら、いいからいいから!おじさん、2人お願いしまーす」

来実に乗せられて射的をやることになってしまった駿介と怜。

駿介「せっかくなら勝負しようぜ」
怜「あぁ?めんどくせぇ……」
駿介「負けた方がジュース奢りな」
怜「はぁ……」

怜は納得がいっていなかった様子だが、渋々参加していた。
結果は駿介が全敗。
怜が一発当てた。

怜「俺の勝ち」
駿介「くっそぉ……本当なんでもできるよな、怜」
怜「別に」

肩を落とす駿介。
怜がおじさんから景品を受け取っていた。

駿介「俺の奢りかよー」
来実「まあまあ、相手が悪かったねー」

来実になぐさめられながら前を歩く駿介。
そんな2人を横目に、後ろを美郷と怜は歩く。

怜「これ、あげる」
美郷「えっ」

怜が差し出してきたのは、バニラアイスがシロクマの形をしている可愛いアイスのキーホルダー。

美郷「可愛い……私、バニラ好きなんだ」
怜「ふーん、良かったじゃん」
美郷「大切にする」

桐嶋くんから貰った初めてのプレゼント。
ギュッと手に握りしめた。

それから4人で屋台を回った。
焼きそばを食べたり、あつあつなたこ焼きを頬張ったり。

美郷「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」
来実「1人で大丈夫?」
美郷「うん、大丈夫大丈夫!行ってくるねー」

美郷は1人離れてトイレに行った。
無事に用を済ませ、その帰り道。
ふとカバンを見て気がつく。

美郷(キーホルダーがないっ!)

怜から貰ったキーホルダーをカバンにつけておいたが、何かの拍子に外れて落としてきてしまったようだった。

美郷(どうしよう。せっかく桐嶋くんがくれたのに。どこに落としてきちゃったんだろう……)

キョロキョロと探してみるものの、人が多すぎて見当たらない。
どこに落としたのかもわからない。
このままじゃ戻れないと、何度も通ってきた道を探して回った。

怜「おいっ、何してんだよ!」
美郷「きゃっ」

怜に思いっきり腕を引かれる。

美郷「き、桐嶋くんっ……」
怜「全然戻ってこないで、心配させんなよ」
美郷「心配、してくれたの……?」
怜「……っ」

怜は答えてくれなかったけれど、それだけでも嬉しさを感じる美郷。

怜「こんな人混みでかがみこんで何してたんだよ」
美郷「あの……もらったキーホルダー、どこかに落としちゃったみたいで……」
怜「あんなのなくしたって全然……」
美郷「ダメなのっ!あれは……初めて桐嶋くんが私にくれたプレゼントだからっ!」
怜「……っ。わかった。一緒に探そう。その前に駿介に連絡しておく」
美郷「うん、ありがとう」

それから30分ほど探して、道の端っこにある石の上に置かれているのを発見した。
きっと見つけた誰かが置いておいてくれたのだろう。

美郷「あ、あった!」
怜「そんなに大切なのかよ」
美郷「うんっ」

見つかって大興奮するとともに安心した美郷。
そんな嬉しそうな顔をする美郷に照れ隠しをする怜。

怜「もうすぐ花火の時間だな」
美郷「あっ、もうそんな時間だったんだ……」

思っていたよりもキーホルダーを探すのに時間がかかってしまっていたようだった。

怜「アイツらと合流する時間無さそうだから適当に見に行こうぜ」
美郷「……あ、うん」

意図せず2人きりになってしまった美郷と怜。

怜「ん」
美郷「へっ?」
怜「またはぐれて探すのめんどいから」
美郷「……うん」

怜が差し伸ばしてくれた手を取って、手を繋ぐ。
自分の手がすっぽりと収まる大きな手にドキドキする美郷。
手を繋いで人をかき分けながら前へ進み、花火が見えるポイントへとやってきた。

怜「ここからなら見えるだろ」
美郷「うん、そうだね」

その後沈黙の時間が続く。

美郷(告白するなら絶対今だ……)

怜と2人きりの時間。
それなのになかなか勇気が出ない。
怜はまだ星しか見えない空を見上げている。

美郷(頑張れ、私)

自分に喝を入れる。
今を逃してしまったら、ずっと伝えられないかもしれない。
このまま嘘の関係を続けるのは嫌だ。

美郷「あのさ……私、桐嶋くんのこと好き───」
怜「俺、美郷のことが好きだ」

美郷と怜の声が重なって、それと同時に綺麗な花火が打ち上がった。


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