バニラな恋に恋焦がれて
ふたりの微妙な距離
○学生寮・怜の部屋(朝)

あれから怜の様子がおかしい。

怜「美郷、ご飯行くぞ」
怜「美郷、学校一緒に行くから待ってろよ」

何かと理由をつけて一緒にいることが多い。
そんな今日もまた───

怜「行くぞ、美郷」
美郷「うん、ちょっと待って」

怜との同居生活も5日目に突入した。
もうすぐ部屋の工事も終わる予定だ。
私たちの同居生活は変わらないものの、変わったものがひとつある。
怜が妙に“溺愛”してくるところだ。

美郷「……っ、怜くん」

無事に身支度を終えて怜くんの元へと駆け寄ると、そのまま抱きしめられる。

怜「充電」
美郷「充電?」
怜「今日一日頑張れるように」

そんな可愛らしいことを言う。
怜くんらしくなくて、ギャップにドキドキする。
これがここ最近の日課だ。


○外(登校中)

今もしっかりと右手は怜の左手の中にある。

来実「朝から手繋いで登校なんておアツいね、2人とも」
美郷「来実ちゃん……」

今日も来実ちゃんに「ごちそうさま」なんて言われてからかわれる。

来実「美郷ちゃんのこと独り占めしないで私にも貸してよ、桐嶋くん」
怜「やだね」
来実「うわぁ、ケチ。そんなラブラブさ見せつけてこなくてもいいですよー」
怜「ちっ」

来実と怜は仲がいいのか悪いのかわからない。
最近は時折こうして言い合いをしている。

来実「でも学校では私のものなんだから!ね、美郷ちゃん!」
美郷「あ、え……あっ、うん」
来実「ほらぁ、私の勝ち」
怜「勝負してないし」

そんなやり取りは学校に着くまで続いた。


○教室(授業中)

夏休み明けからもうすぐやってくる学校祭の準備が進んでいる。
午前中は通常通り授業があるが、午後はこうして学校祭に向けての準備の時間になっていた。
美郷と来実は衣装係で、ミシンを並べ、衣装を作成していた。

来実「それにしても2人が仲良くやってるみたいで良かった」
美郷「本当、最初はどうなるかと思ったけど……」
来実「でも、良かったでしょ?」
美郷「う、うん……」

手を動かしながら、怜との話になる。

怜と過ごす毎日はとても楽しい。
好きな人と一緒にいられる時間は特別だ。
教室の向こうの方で女の子に囲まれながら、採寸している怜を見ると、胸がチクリとする。

来実「あら、ダーリンのこと見ちゃって……嫉妬?」
美郷「そ、そんなんじゃっ!」
来実「これは図星ね」
美郷「うっ……」
来実「でも桐嶋くん、美郷のことしか眼中に無いでしょ。美郷にデレデレだもん」
美郷「そうかな?」
来実「少なくとも私からはそう見えるけどなー。よし、1つ目完成!」
美郷「来実ちゃん早い!」
来実「細かい作業は得意なんだよねー」

美郷にピースをしてニカッと笑う来実。
来実はできた衣装を持って「ミシン終わったよ」とほかの衣装係の人へ渡す。
戻ってくると、次の衣装の布を手に取って、また抜い始めた。

来実「そういやさぁ、美郷ってどこまで行ったの?」
美郷「どこまでって?」

突然よく分からない質問をされて、美郷は手を止める。

来実「そりゃあ……キスやらうんぬんかんぬんあるでしょ?」

来実はサラリと言ってのける。

美郷「き、き、キスっ!?」
来実「そんな驚くこと?って同居もしておいてアンタまさか……」

まだ高校デビューしたての美郷は、恋愛についてはまだまだ未知の世界。
何度か怜からキスをされそうになって、実際にキスされたのは体育祭の日の一度だけ。
あれは本当に付き合う前のことだったし、私の中では事故だったってことにしている。
怜くんだってそのことにあの日以来触れようとしてこない。
今は、怜くんに触れられるだけで身体中が熱くなって、顔が真っ赤に染ってしまう。
それはもう恥ずかしいくらいに。

美郷「……それはその……」
来実「まぁ……美郷ちゃんはピュアだもんね。桐嶋くんもお気の毒だけど仕方ない。本当に大切にされてんのね、美郷ちゃん」
美郷「……」
来実「でもあんまり桐嶋くんを我慢させちゃダメよ?男はみんなオオカミなんだから」
美郷「……オオカミ」

美郷(やっぱり怜くんも我慢、してたりするのかなぁ……)

ぼんやりとしながらミシンをかけていると、仮止めしてあるまち針に指が刺さる。

美郷「痛っ」
来実「ちょっと美郷ちゃん、大丈夫?」
美郷「うん、大丈夫」

来実に微笑み返して、作業に戻った。


○学生寮・怜の部屋(夜)

なんだかいつも以上にドキドキする。
それは来実にあんなことを言われたからだ。

“男はみんなオオカミ”

怜はどう思っているだろうかと気になって仕方がない。

怜の部屋のテーブルにプリントを広げ、今日出た宿題を一緒にやっている。
美郷は宿題に身が入らず、ずっと怜のことを気にしていた。

怜「んだよ、全然進んでねーじゃん」
美郷「あぁ、うん……」

怜はもう半分以上終わっているというのに、美郷は2問目で手が止まったまま。

怜「なんか考え事?」
美郷「……っ」

怜が手を伸ばしてきたかと思えば、美郷の髪を梳く。
それがなんだかくすぐったかった。

怜「俺の事考えてたとか?」
美郷「えっ、その……」

図星すぎて美郷はなにも答えられない。

怜「他のやつなんかどうでもいいから、ずっと俺のことばっか考えてて」

怜はフッと優しく笑う。
それにまたドキリとする美郷。
まっすぐ瞳が重なる。
静かな時間が流れる。

怜「……美郷」

ゆっくりと怜が近づいてくる。
ドキドキして、キュッと目をつぶる美郷。

美郷(え、えっ……このまま……っ!)

そんな雰囲気に耐えきれなくなった美郷は、怜を突き飛ばしてしまった。

美郷「ご、ごめん……」
怜「別にいいよ。ごめん。……宿題、わかんないなら教えるけど」
美郷「ううん、大丈夫」

怜は気にしていないというふうに振舞っていたけれど、美郷は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
それから怜はあまり美郷に近づかなくなった。
2人の間には、微妙な距離感がある。

美郷(どうしよう。怜くんを怒らせてしまったかもしれない……)
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