Filigran.
茶道部の美花が部活に行くのを見送って、私は帰ろうとスクールバッグを手に取り立ち上がると
「ねぇ正門に他校のイケメン立ってるんだけど!」
「マスクと眼鏡で顔わかんないけど、スタイルが良すぎる!」
そう言って騒ぐ女の子たちの声が聞こえる。
窓から覗くと、
その男の人は見えないけれど、周辺に女の子が集まっているのが分かる。
大方、誰かの彼氏ってところだろう。
関係ないや、と思って昇降口に行き、
ローファーに履き替えて門に向かって歩く。
「あ、近づくと結構多いな」
死角になっていたのか、上から見たときよりも女の子の数が多く見える。
それとも、この短時間で増えたのかな。
女の子たちは遠巻きに、「誰が話しかけようか」とソワソワしている。
チラリ、とミーハー心で渦中の彼を見てみると
「え」
びっくりするくらい、綺麗にバッチリと目が合ってしまった。
眼鏡で隠されたその瞳にも前髪が被さっていて、
正直目が合ったなんて、よく分かったなってくらい。
彼はほとんど見えないレンズの奥で、その目を見開いたかと思うと、
その長い脚でズカズカとこちらに近づいてくる。
え、え、え?
彼のローファーがコツコツと地面を蹴り、一瞬で目の前までやってきた。
この長身とスタイルの良さに圧倒される感じ、
私はよく、よく覚えている。
「…なんでライブにも握手会にも、バイト先にもいなかった?」
美花がプールに行きたいと言い出したのが頷けるくらい、
初夏の風は、青春にも似た淡色の雰囲気を纏っている。
風にサラリとそよぐ前髪が、
不意に彼の瞳を私に明かした。
「ねぇ、雪乃。俺アイドル辞めたんだけど」
その綺麗な形のアーモンドアイを、私はよく知っている。
だってこの3年間、誰よりも見続けた顔なんだから。
「…ゆづる、くん」
そう思わず言葉にすると、少しだけ彼の表情が和らいだことが分かる。
「そうだよ、雪乃の推しの俺だよ」
じゃなくて、そうじゃなくて。
もう会えないと思っていたのに。
心から願ってあげられない幸せを、
どうにか願おうと試行錯誤していたところなのに。
どうして、
私の目の前に現れたんですか…?