Filigran.
「俺が雪乃に会いに来た理由?さっき言ったじゃん」
「なんで卒業のライブも握手会も来なかったのか聞きに来た」
私の真横に推しがいる状況を、まともに理解しようとすると絶対に倒れてしまう。
だからなるべく考えないようにしながら、
頑張って彼との会話を成立させることに全力を注ぐ。
今の彼はテレビでも見たことが無い、
何だか子供っぽい不貞腐れた表情をしている。
それにしても、
どうして、私が来なかったことを把握しているんだろうか。
卒業ライブだって1万人以上収容される会場で行ったし、
握手会だって相当な人数が来るんだ。
そんな、私一人いなくても気づかないよね?
行ってないことが不満なら、
行ったことにしたら良いんじゃないかな。
そんな名案を思い付いた私は、
「えっと、行きましたよ?」と
あはは、と乾いた笑いを浮かべながら言えば、
彼は露骨に不機嫌な顔になって、
「嘘つかないでよ、俺は雪乃がいるなら絶対見つける。」
「あんまり舐めてると怒るよ?」
そんなことを冷たい声色で言われてしまった。
ひぃ、と思わず震え上がる。
どの雑誌でも見たことない、本当にキレそうな顔をしている。
「…すみません、行ってないです」
「だろうね。で、何で来なかったの?」
右隣に座る弓弦君が、グッとこちらに身を詰めて聞いてくる。
ふわりと、シトラスが香った。
握手会よりも近い距離。
「予定があった、というか…」
そう答えると彼は嫌そうに眉を顰めて、
「俺よりも大事な予定があったの?」
と、重たい彼女みたいなことを聞いてくる。
「そ、うですね…」
と何とか答えれば、
一段と低くなったトーンで、とんでもないことを聞かれた。
「…ねぇ、彼氏?俺より大事な男がいるの?」