Filigran.
そんなこんなで、
推しのメールアドレスと電話番号を手に入れてしまいました。
「もし私が悪用する人だったらどうすんですか」
と慌てながら聞いても、
「雪乃はそんなことしないし、されても怒らないよ」
「『俺のこと自慢したかったんだな』って嬉しくはなると思う」
私の推しは大概、不思議な感性をお持ちだと思う。
まだまだ明るい時間ながら、帰ろうとベンチから腰を上げた。
そうすると慌てたように声をかけられる。
「もう帰るの」
「え、まだ話すことありますか?」
そう言うと、「…別に良いけど」と寂しそうな声で言われた。
なんだろう、赤ちゃんかな。
「夜、電話するんじゃないんですか?」
そう言えば、彼は少し表情を明るくさせて「確かに」とベンチを立った。
私の学校の最寄り駅まで一緒に帰る道中、
「ねぇバイト先にいなかったのはどうして」と更なる質問を投げかけられた。
「えっと、シフトじゃ…」ない日なんです、とまた嘘を吐こうとすると、
「シフトじゃない日っていう嘘は受け付けてない」
そうしれっと言われてしまい、うっと言葉に詰まる。
「あなたを避けてました」とは言えないし…。
うーん、と頭を悩ませていると、ふと「あれ」と気が付いた。
隣を歩く弓弦君を見上げて聞く。
「なんで私のバイト先もシフトの曜日も知ってるんですか」
そう聞くと、彼は一瞬だけ目を見開いてから、
「雪乃が握手会のときに言ってたかな…」
とふざけたことを言い始めた。
「さすがに『月曜にオムライス運んでます』とか推しに言う人いないです。」
と、ちゃんと一刀両断しておいた。
「…前に一回だけお忍びで行ったことがある」
「そのときに雪乃に、食事運んでもらって気づいた」
なるほど、確かに入ってからシフトの曜日は変わってない。
「そうなんですね」
そう相槌を打つと、
「…やっぱりストーカーみたい?」と伏し目がちに聞かれた。