Filigran.


「え、ストーカー?」


あまりにも弓弦君と結びつかないその単語に、

思わず聞き返してしまう。



「だってあの店で打ち上げするの提案したの俺だよ」


「雪乃に会えると思って…」



歩きながら、そう言う彼はこちらを向いてはくれない。


あなたの耳が少し赤くなっているのは、


夕日のオレンジが反射しているからだろうか。



「…いや、ストーカーするとしたらファンの私じゃないですか?」


「そんなこと思いませんよ」



そういって笑いかけると、


彼は少しだけこちらに目線をやって、



「なら俺のストーカーしてくれたら良いのに」


そんなことを言ってくる。



この人本当に、


冷徹冷酷で常にポーカーフェイスな千夜弓弦に見えないんだけど…。





「私こっちの電車なので」


「…本当に家まで送らなくていいの?」


さっきまでずっと家まで送ると言って聞かないけれど、


そこまでされたら好きが加速するだけだ。




「本当に大丈夫です。あなたこそ、周りの人にバレないように安全に帰ってくださいね。」



そう言って笑いかければ、彼は少し切なそうに薄く微笑んで見せた。



彼が改札を抜けるのをこっそりと盗み見る。


凄い、本当に推しも電車に乗るんだ…。



そんな感動を覚えながら駅で別れ、


ふわふわとした足取りで家に着いた。



夜ごはんを食べ、お風呂に入って。


夜電話するって一体いつだろう?


ソワソワとしながら、近づくテストに向けて自習を始める。




私の通う高校はある大学の付属で、中高一貫校。


だから受験勉強そのものがいらないのは有難いけれど、


勉強していなくて大学に入学してから困るのは自分。


そう思って日々の勉強は真剣に取り組んでいる。




薄い生地で涼しいパジャマは初夏らしくてお気に入り。


それを着て学習机に向かい、


今日は世界史をしようと机の上に道具を取り出す。


1時間ほど集中していたとき、不意にスマホが揺れて着信を知らせた。

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