Filigran.


体育座りで両膝に顔を埋めるけれど、止めどなく溢れる涙をこらえ切れない。



『最後に卒業のライブと握手会があるので、ファンの皆さんとたくさん思い出を作りたいですね』




いつものポーカーフェイスで、ちっとも寂しくなさそうな顔をしている。


淡々と喋る声色は今まで3年間追いかけてきた落ち着く声で、


どんなにフラッシュに照らされても、変わらず美しく佇んでいる。




いつの日かファンの誰かが、


「弓弦は漢字こそ違うけれど、鶴みたいに綺麗で気高いよね」と評していた。


そうなんだ、その通りなんだ。





だからもう、



その綺麗な羽で、私のたどり着けない場所に飛んで行ってしまうんだ。



いつも握手会に行っても、



「…ありがと、また来てね」



そう言って体温の感じられない手で軽く触れてくれるだけだった。




もう、彼がアイドルでいてくれた3年間を大事に大事に心に抱いて生きていくしか無いのかな…。




「ライブ、握手会…もう、行きたくないなぁ」



最後だって実感して苦しくなるくらいなら、



最初から会わなければ良い。



そうして、元の日常に戻るんだ。



そうして、彼のいない世界に生きるんだ。





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