Filigran.
「さっきは珍しく友達から電話があったんです」
「私に彼氏が出来たんじゃないのって」
そう言えば、今度は飛びつくようなスピードで
「え、彼氏いないんじゃないの」
と聞かれるから、
「いないですよ!」と私まで素早く答えてしまう。
「今日あなたと話しているのを見た友達が噂してたみたいで…」
そうやって事の顛末を明かせば、
「…俺か」と納得していただけた。
「そうです、だから違うよって…」
ちゃんと否定したんです、そうやって伝えたかったのに。
「違わなくて良いのに。」
「あれは彼氏だよって言ってくれて良いのに。」
いつかのラブソングで「好きだよ」と台詞を言っていたときより、
もっと、もっと甘い声。
ウッとつい吐血しそうになるのを堪える。
これは結構、
心臓に負担がかかる電話だ…。
「いや、えっと、嘘は吐かないですよ」
そうやってなるべく平然を装って話すけど、
「今はね」と意味深長な返しをされてしまう。
ギュッとスマホを強く握って、
片手でパンダさんをたくさん撫でるけれど、
ちっとも落ち着かない。
どうにか話題を変えようと思って、
「…なんか、男の人って電話通すと声低く聞こえますよね」
そんな方向の話に舵を切ると、
また少し沈黙が続いて、
軽く息を吐くのが聞こえる。
そのあとで聞こえてきたのは、
キュッと苦しく心臓を掴まれたみたいな切ない声だった。
「…俺のことやっぱり妬かせたい?」
「そう言われたら、俺以外の男とも電話してるって分かっちゃうじゃん…」
そんなことを言わせてしまった。
「…違います、バイト先の人との業務連絡だけで」
「私初めてですよ、こうやって男の人と電話してるの」
そうやって本当のことを言えば、
「…ごめん、俺すぐこんなこと言っちゃう」
なんだか反省したように照れたように言うから。
画面越しに見てた彼と重なるんだ。
「…私ずっと、もっと本音で話して良いのにって思ってました。」
「私の応援してた弓弦君は口数が少なくて、でもそれは誰かのためを思って噤んでいるからだって」
「何でも思ったことを言う人のように見せかけて、言わずに自己犠牲で乗り越えようとする人なんです。」
そこまで話して、
…いけない。
本人相手に本人の良さを熱弁する大変痛いファンになってしまったと思考が一時停止する。