Filigran.



一日の最後である終礼が終わり、


これで大変な今日を乗り越えられたかな、と伸びをしてみる。


「雪乃、いつから勉強会する?」


トコトコやってきたのは今日のMVPこと美花。


今が5月の上旬で、中旬から下旬にかけて試験が始まる。


「そうだね、明日からでも良いかなぁ」と考え始めたそのとき、


昨日のデジャブのようにスマホが震えた。



「…え」



着信は、弓弦君からだった。


普段あまり電話をしない私に着信があったことで


「誰だ?」という顔をしている美花。





夜でもなくて、今なんだと内心驚きが止まらない。


「…ちょっと待ってて」


不思議そうな顔をしている美花を残し、


急いで教室のベランダに出て、


通話開始のボタンを押す。



「もしもし?」


ベランダからは野球部がアップをしている声や、


隣の棟から響く吹奏楽の音が聞こえる。



「…雪乃、学校終わった?」


彼も学校でかけているのか、


周囲からは男の人の声がたくさん聞こえる。


「うん、今終わったよ」


そう答えると、


「迎えにいっても、良いですか」



そんな遠慮がちな声が聞こえる。



途端に周囲から、


「弓弦が緊張してる!」


「OKもらえそう?」


といった囃し立てる声が聞こえる。





彼はその瞬間にスマホを離したらしくて、



それでも遠くなった音の、ずっと奥で、



「うるせぇな、黙れよ」



と、突き放すような冷たい声で周囲を黙らせているのが聞こえた。



あんなにも低い声を私は聞いたことがない。






千夜弓弦は優しい人だ。



だけど、世間が思う通りに冷たいところだってちゃんとある。



それを私には見せないようにしてくれているところに、



やっぱり優しさを感じてしまうのは、



『推し』である贔屓目なのかな。



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