Filigran.




乙木(おとぎ)さん!あの卓に持っていって!」


「はい!」


今日は、本当は彼の卒業ライブだった。



卒業発表から魂の抜けたように生きていた私だけれど、


実は私がアイドルを応援していることは



とある一人にしか打ち明けていない秘密。


仲の良い高校の友達にも、


その辛さを話すことは出来なかった。






ライブ会場に程近い洋食屋でアルバイトをしている私は、


奇しくも彼の卒業ライブを観覧してきたファンの皆さんを接客していた。



「こちらオムライスでございます。」


「ありがとうございます!…それで弓弦くんがアンコールの時に泣いてたのが…」


複数人のグループで今日のライブについての会話に花を咲かせているみたい。




お客さんの会話を聞こうなんて思わないけれど、


つい聞こえてきてしまったその言葉。




内心私は、心臓がバクバクするほど驚いた。



嘘でしょう、あの弓弦くんが



泣いていた…?




グループでどれだけ大きな会場でライブできることになっても、


お世話になっていたという別のグループの先輩が辞めるときも、


何があっても、ほとんど表情を崩さなかった彼が、



泣いてた、なんて…。





彼にとっては絶対的に前向きな卒業のはずだ。



正直、彼がアイドルに思い入れがあったとは思えない。


それでも持ち前の真面目さで真摯に取り組んでくれていたから、


私達ファンは、彼の性格を「クール」と称して応援することが出来た。






「本来グループで活動することも、しがらみも好まない」と何かの雑誌で語っていた彼が、



ようやく羽ばたける自由を前に、




どうして涙を流したんだろう…。





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