Filigran.
「…雪乃?」
私が何を言い出したのか理解できていない様子の弓弦君は、
少し焦ったような顔で私の言葉を促す。
体育祭は白組の優勝で終わって、
先ほどまで弓弦君は優勝旗を持って大勢から祝福を受けていた。
そんな幸せな空間を、私の我儘で壊すことがどれほど酷いことか分かってる。
分かってて、でも言わなきゃいけない。
「私、弓弦君の最後のライブがこうして見られて嬉しかったよ。
…やっぱり、私が好きなのはアイドルの弓弦君だなって。」
嘘だよ、アイドルじゃないあなたも大好きだよ。
私がこれから何を言おうとしているか分かったらしい弓弦君は、
悲痛そうな顔で「…やめて」と呟く。
不穏な空気を察知したらしい天海君と新條君も、
「…どうした?」と傍までやってきた。
私は弓弦君の大切な仲間の前で、今から何よりも酷いことをするんだ。
泣きそうに視界が揺らぎそうなのをグッと堪えて、言った。
「だからもう、会うのはやめにしましょう。」
その言葉が弓弦君の鼓膜を揺らすと、彼の瞳は途端に色を失った。
「…俺のことは、好きになれないってこと?」
そうやって言われて「そうです」と嘘を吐きたいのに、
どうしてもそれが、言えなくて。
俯く私の傍に、一人が駆け寄った。
「…雪乃ちゃんが本心を話してないことくらい分かるよ、ねぇ俺の目見て。」
そう言って天海君の声に誘われるように彼の瞳を見る。
天海君が、人の感情を汲み取りやすい人であることを今思い出した。
「ほら、自分も辛い瞳してるじゃん…。」
そんな悲しそうな瞳の彼が、目に映った。
もう一人が隣にやってくる。
「弓弦はそんなに頼りにならない男じゃないよ」
新條君もそう言って「言いたいこと言いな」と優しく促してくれる。