Filigran.
それでも、何も言えなくて。
私が泣くのはあまりにもズルいと思って、ずっと耐えて、耐えて。
「…ごめんなさい」
それだけ言ってその場を去ろうとすると、
「待って」と弓弦君に腕を掴まれた。
今彼と目を合わせたら、絶対に泣いてしまう。
だから必死に目線を逸らした。
「最後に教えて…アイドルじゃない俺は君に愛してもらえない?」
そんなに震えた、そんなに泣きそうなあなたの声を聴いたことがない。
反射的に彼の瞳を直視してしまって後悔した。
泣きそうな、じゃない。
もう彼は、色の無い瞳で涙を流していたから。
「そんなこと…あ」
だから彼を助けてあげたくて咄嗟に「そんなことない」って言おうとして、
…今彼を苦しめているのは私自身なんだって気が付いた。
私は彼の手を振りほどくと、急いで走ってその場を去った。
不意に頭に揺れるものに気が付いて、それがハチマキだと思い出した。
解いて、『千夜弓弦』と綺麗な名前で書かれているのを見て、
気づけば私は大粒の涙を流して、声を上げて泣いていた。
「ごめんなさい、好きになってごめんなさい…」
「恋愛のできない私でごめんなさい…ッ」
止めどなく溢れる涙を終わらせる術を知らない。
今日が土曜日で良かった。
だって、明日も一日中泣けるから。
泣いていた中学生の私を思い出す。
『私は、一生恋愛が出来ないのかなぁ…』
そう言って、ほっくんに話を聞いてもらったっけ。
手の届かない存在として好きになった人が、
手の届く場所で微笑んでくれるようになってしまったから。
私はもう、どうして良いのか分からない。