Filigran.
あなたがどこにもいない世界
「ゆき、ずっとテンション低いけど大丈夫か?」
「雪乃!美花ね、家から美味しいお菓子いっぱい持ってきたよ」
放課後、中間テストは終わったから勉強会は無いけれど、
上手く取り繕えていると思っていた私の、
心に開いた大きな空疎感は友人にはお見通しだったらしい。
「…何でもないよ。ごめんね、心配させて」
6月も終わりに近づいている。
あれから電話もたくさん来ていたし、メールだってしてくれていた。
返事をしたい、そんな権利はない、本当は会いたい。
…もう名前を呼ぶことすら烏滸がましい、私のずっと大好きな人。
「…雪乃、無理しないでね」
「本当だよ、お前は溜め込みやすいんだからって散々言ってるのに。」
こうやって大切な友達にも心配かけて、本当に私ってだめだなぁ…。
「…ありがとう、ごめんね。今日はもう帰るね」
そう言ってスクールバッグを持って、
「また明日」と言って、どうにか笑って教室を去った。
トボトボと歩く私が正門を出ると、
一台の大きな車が止まっているのが見えた。
スモークガラスの貼られているそれは、私が近づくと扉を開けた。
「…え?」
「良いから乗って!俺ら危ない人じゃないよ!」
焦ったように手招きする2人に気圧されて、
つい、足を踏み入れてしまった。
「…ねぇ弓弦の荒れ具合を伝えに来たのに、雪乃ちゃんもやつれてるんだけど」
「もう二人して不器用すぎるって~」
中に乗っていたのは体育祭ぶりの天海君と新條君だった。
二人は帽子にマスク、サングラスと完璧な変装をしている。
扉が閉まったのを確認してそれらを取った二人のオーラに圧倒されながら、
新條君の髪色が青に変わっていたことに、時間の経過を感じた。