Filigran.
私が推しがいるのを隠していることだって知っている彼は、
いつだって主語も目的語も濁して話してくれる。
「…正直辛いけど、でももう仕方ないから」
弓弦君の卒業発表の後その辛さを打ち明けられたのは、
ほっくんだけだった。
「ゆきはすぐ溜め込むからさ、心配する」
「すぐ新しい推し作れなんて言わないけど、
ライブも握手会も俺好きだからさ、いつでもついてくよ」
小学校のときは一緒に児童会をしていた。
彼が児童会長、私が副会長。
その時から「ほっくん」「ゆき」と呼び合っている。
私達の今通う中高一貫校にあの小学校から進学したのは、
ほっくんと私の二人だけだった。
中学の頃は「付き合ってるの」なんて聞かれることは勿論あったけれど、
そんな関係ではないことはすぐに理解してもらえた。
兄妹というか家族というか、
普段話すことはあまりないけれど、
何かあれば自然と傍にいようとする大切な存在だ。
「…ありがとう。」
「うん。じゃあ俺部活だから。」
そういってこちらも見ることなく爽やかに廊下を走っていった。
彼は180㎝を超える長身で、軽く日焼けしている清涼感溢れるイケメンなんだけど、
「サッカー部に行くような足取りで、文芸部の部室に引きこもるほっくん…」
1年のときはサッカー部、バスケ部、陸上部に見た目だけでスカウトされていたけれど、
「ごめんなさい!太宰が俺を待ってるんで!」と元気よく断っていた。
そんな根っからの文学青年なところも彼の素敵で面白いところだと思う。
「あ、高藤くんだ!」
「今から何しに行くの~?」
すれ違う女の子にそう話しかけられて、
「今日はね、作家研究と批評をするんだ!」
にこやかに返事するけれど、
相手の女の子達の頭に「?」が浮かんでいるのがここから見ても分かる。
「…ほっくんは相変わらずだし、私も美花とご飯食べよ」
教室の扉をガラガラと開けて、
待ってくれている美花のもとへ急いだ。