Filigran.
君と交わらない世界



俺の世界から雪乃がいなくなった。




『アイドルのあなたが好きだった』


そう言われたとき、鈍器で頭を殴られたくらい衝撃があった。


というか実際に殴られて記憶を無くしたいくらいだった。








俺は元々それなりに裕福な家庭で育った。


両親も愛情を注いでくれていたけれど、


俺は際限なく愛情を欲するバケモノみたいな子供だった。




小学6年生のあるとき街を歩いていたら、とある人に声をかけられて、


『アイドルになりませんか』と言われた。


その行為がスカウトだと知ったのは、その後のことだった。




『アイドルって聞いたことあるけど、何をするんですか』


と聞けば案外食いつきの良かった俺を見て、


その人は嬉しそうに、


『歌って踊って、お客さんを笑顔にする仕事だよ』と教えてくれた。




人を、笑顔にする。




『それって沢山の人に愛されますか』



俺の質問に、その人がした答えが決め手だった。




『もちろん。たくさんの人を愛して愛される仕事だよ』




俺が生きていくべきなのは、この道だと気が付いた。





それからはレッスンに明け暮れて、


中2の頃にはデビューが確約されている所属ユニットが決まった。


それが『GlassCraft』だった。



メンバーは同期だった蓮人とノア、先輩の聖生君。





…だけじゃない。





本当はもう一人先輩がいた。





彼は俺の教育係として色んなことを教えてくれていた人。


ようやくデビューが出来るその目前で、彼は芸能界からいなくなった。


そのときに初めて、この世界が光り輝くものだけではないことを知った。




涙は流さなかった。




だって俺は強く在らなきゃならないから。


彼に育てられた俺が、誰よりも眩しく開花するために。






そんな大切な仲間との別れを経て、中3の春にデビューをした。


沢山の愛をもらおうと必死で努力を重ねた。


自分の顔が『綺麗』だとか『クール』と称されることは分かっていたから、


それに則った性格になったのは、自然の流れだった。




愛が欲しい。


愛が欲しい。




『弓弦君って本当に綺麗ですね』


…違う、それは生まれつきだ。



『ダンスがしなやかで綺麗で』


…練習したら誰でもできる。



『弓弦君のクールなところが好きで』


…そうしたら皆喜ぶでしょう?








俺って、本当に愛されてる?






< 70 / 92 >

この作品をシェア

pagetop