Filigran.


それでも彼女はアイドルである俺を好いてくれている、と思うと同時に、


どうしても彼女と同じ世界に行きたくて堪らなくなった。


元々眠りの浅い俺はますます眠れなくなって、碌にご飯も食べられなくなった。





だんだんと生気を失っていく俺を見て、社長は話す機会を設けてくれた。


『千夜はこれからどうしたい?』


正直いって、稼ぎ頭の『GlassCraft』のメンバーを手放すのは事務所にとって惜しいことだろう。


それでも俺の『芸能界を辞めたい』という本音を残さずに汲み取ってくれて、


『最後のライブと握手会まではアイドルをやり切りなさい』と言ってくれた。




そうやってスポットライトの下を去る準備を進める中、


ブログでの文章が評価されてある曲の作詞をさせてもらえることになった。






『あなたのいない世界なら僕の歌う理由はない。


僕のいない世界でも笑っていてほしいけれど、


本当は僕が誰よりあなたを笑顔にしたい。』




誰を思い描いて書いているのか、そんなことは明白だった。


ペンを握る手が震えて、もうずっと流していない涙が零れた。




大歓声の中で不特定多数に与えられる極彩色の愛よりも、


たった一人から贈られる、ささやかな淡色の愛を求めてしまった。






あの子が愛してくれた俺は、出来損ないのアイドルだった。







あの子は、雪乃はどう思うだろうか。


アイドルではない、芸能界にいない俺も愛してくれるだろうか。


悲しませたくは無いけれど、俺を想って泣いてくれたら嬉しいと思ってしまう。





最後に何を伝えようか、何を伝えてくれるだろうか。



そう思って迎えた最後の握手会に、






雪乃は来なかった。


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