Filigran.
「そうだ、今日は『Glass Craft』が打ち上げする日…」
1週間ほど経って、本来ならバイトのシフトの日。
いつもならもう更衣室で着替えている時間だけれど、
部屋のベッドでゴロリと寝転がるのは背徳感と申し訳なさでいっぱいだ。
今日のシフトを変わってくれた同期には、
今度お礼に好きなお菓子でも持っていこう。
もちろん、次に休みたいときあったら私が代わってあげようと心に決めた。
抱き枕のパンダをぎゅっと握りしめて、
「…今頃、弓弦君があのお店にいるんだ」
とやっぱりソワソワ気になってしまう。
窓の外を眺めると、5月の夕方らしくまだまだ白く明るい。
もう会えない人。
私がバイトを始めた理由だってあなたに会うためだったけれど、
その理由ももう無くなってしまった。
「私達にくれた分、今度は弓弦君が幸せになってほしいなぁ…」
パンダに頭を埋めて、くぐもった声でそう言うけれど。
本音と嘘が混ざり合っていることに、
流石に私も気づいていた。
幸せになってほしい。
だけど、
私の知らないところで、幸せにならないでほしい。
彼の作詞した曲みたいだ。
「こんなに好きになるくらいなら、知りたくなかったなぁ…」
次に出た言葉も、
嘘が混ざっている。
出会えて幸せだったから、その全てを否定したくはないのに。
彼を想ってもう何度目か分からない涙を流し始めて、
気が付けば眠りに落ちていた。